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(7)

 裕也は隣にいるため、自然とそのノートを視界に入ってしまう。いや、気になってしまい、目を逸らすことが出来なかった。

 ミゼルは裕也が見ていることを知りつつも、見られることを気にしていないらしく、注意する様子すら見せずにノートを捲り続けている。

 その結果、裕也のそのノートの中身を知ることが出来た。


「救護室に来た患者記録ノートですか?」


 そう尋ねた瞬間、ユナとアイリが座っていたイスから立ち上がり、ミゼルに近寄ると、二人して真上からノートを覗き込み始める。

 そのせいでノートには影が多く出来てしまい、


「ああ、もう! 見えないから、二人とも離れろッ!」


 と、ミゼルは少しだけ苛立ちを露わにして吠える。

 その言葉に二人はビクゥ! と身体を大きく跳ねさせ、慌てた様子で元のイスに座った。しかも、礼儀正しく姿勢を伸ばした状態で。

 反射的な行動とはいえ、二人が姿勢を正して座ると思っていなかった裕也は、その様子が面白くて笑ってしまう。


「わ、笑わないでください!」


 そう言って、自分自身の行動は恥ずかしくなってしまったらしく、顔を赤くしながら文句を言うユナ。


「そうだよ! ぼ、ボクたちはイスを座る時は姿勢を正すように言われて――」


 アイリも顔を赤くしながらも必死に自分の意思で座ったと言っている途中で、苦し紛れの言い訳であることを自覚したのか、声は次第に低くなり、最後にはボソボソというだけで何も聞こえなくなってしまう。

 そんな二人が面白くて、思わず笑ってしまいそうになるも、


「ん、見つけた。ここから患者が増えたんだ……」


 ミゼルの言葉によって、裕也の笑いは強制的に阻止される。


「見せてもらっていいですか?」


 裕也がそう言うと、ミゼルは無言でそのノートを裕也へと差し出す。 

 ノートが裕也の手に渡った途端、ユナとアイリは再び待ちきれなかったように二人して裕也の隣に座る。アイリがミゼルと裕也の間に座るようにして、二人が口に出さずとも打ち合わせしたかのような行動で。


「落ち着けよ。オレもまだなんだから……」


 二人の行動力に驚きながらも、裕也がそうぼやくと、


「良いから、その日と前日を比べてくださいよ!」


 ユナがノートの端を掴んで、前のページを捲ろうとしてきたため、


「分かってるよ。つか、勝手に捲ろうとするな!」


 その手を軽く叩き、無理矢理ユナの手を離させる。

 ユナは叩かれたことにより、反射的に「いたっ!」と声を出してしまう。ただ、痛みが走るような痛みではなく、力が一切入ってない叩き方だったため、すぐに何事もなかったように振る舞う。


「いいから、早く!」


 そんなやりとりはどうでもいいと言わんばかりにアイリが急かしてくるため、


「あー、もううるさいって。分かったよ、捲ればいいんだろっ!」


 裕也はしぶしぶと二人の言うようにページを捲る。

 そして、その日と前日のページを何度も見て、訪問人数を確認した。


「明らかに増えてるだろう?」


 ミゼルは裕也たちの行動を見た上で、改めてそのことを裕也たちへ伝えた。


「ですね。二倍に増えてますね。まぁ、一日だけならともかくとして――」


 そう言いながら、裕也は前日だけではなく、次の日さらに次の日とページを捲って、境となった日だけではないことを何度も確認し、


「その日以降ですからね。間違いなく、この日を境にセインが変わったんでしょうね。アベルが言うように……」

「そうだね。まぁ、自分的には見れない人数ではなかった。いや、『今日はちょっと多いなー』って感じだから、別段に気にならなかったんだろうよ。もし、自分の手に余る人数だったら、すぐに気付くだろうし……」

「まぁ、問題はそこじゃないんですけどね」


 裕也はもう大丈夫とばかりにノートをパタンと閉じて、一息を吐く。

 それに釣られるように、ミゼルもまた同じく一息吐き、


「そうだね……、訓練が激しくなったってことは間違いない事実なのは、このノートのおかげで立証出来た。問題はその『戦争が起こるかも……?』ってなった噂になった日より、先なのか、後なのかってことだね……」


 ちょっとばかり昔のことから覚えていないのか、その噂になった日を必死に思い出そうと頭をガシガシと掻き始める。

 同じように「んー」とアイリも唸り始めた。ミゼルと同じように噂になった日のことを必死に思い出してくれているらしい。

 裕也とユナは二人が必死に考えてくれている状態の中、急かすなんてことは出来ず、ミゼルが持ってきたノートを読んで時間を潰す方法しか思いつかなかった。


「裕也くん、そのノートいいですか?」


 ユナは裕也が持っている境になったノートをじっくりと見たいらしく、遠慮がちに手を出してきたため、


「別にいいぞ。じゃあ、オレは他のノートでも見ようかな……」


 持っていた境になったノートをユナに渡しつつ、ミゼルの様子を伺いながら別のノートに手を伸ばす裕也。

 しかし、ミゼルは裕也を軽く見るだけで注意する素振りを一切見せなかったため、裕也は別のノートを手に取り、ぱらぱらと捲り始める。


「しかし、あれですね。こんなにも違うんですね……」


 裕也がノートを見ていると、二人の邪魔にならないぐらいの小声でユナが裕也に向かって呟く。


「え? ああ、人数ね……」

「はい。前の方は一ページを埋まらないぐらいの人しか来なかったのに、その日以降は二ページに達する人数になってますから」

「あからさまだよな」

「狙ってやったのか、それとも偶然なのか、そこがちょっとだけ謎ですけど……」

「まぁ、そこらへんは大した問題じゃないような気もするけどさ……」


 そんな話をしていると、アイリがちょとだけ大きな声で、


「あー! 全然思い出せないーッ!」


 と、髪の毛をガシガシと掻き毟るような勢いで掻き始める。


「ダメだ、私もだ。そこらへんの記憶がない。つまり、戦争なんて起きるって思ってない証拠なのかもしれない……」


 ミゼルもまたそんなに気にしてなかった事実に少しだけショックを受けながら、がっくりと項垂れてしまう。

 そんな正反対の反応にしてしまう二人に裕也とユナは困ってしまい、


「そ、そんなに無理しなくてもいいですから……」


 と、裕也は遠慮がちに二人に言い、


「裕也くんの言う通りですよ! もしかしたら、他の人が覚えているかもしれませんから! 苛立ったり、へこんだりしないでください」


 ユナもそう言って、二人をフォローすることしか出来なかった。


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