(6)
「あ、そのことすっかり忘れてた……」
ユナの言葉に反応するアイリ。
「セインのこと?」
ミゼルは何のことか全く分かっていないため、説明を求めるように裕也を見つめる。
その説明をするのが面倒くさく感じてしまった裕也は、顎をあげるようにしてユナを差し、そのままミゼルへ動かす。
これだけでユナは自分が説明しろと言われていることが分かったらしく、ジト目で見た後、情けないとでも言うようにため息を溢す。
「はいはい、分かりました。裕也くんが面倒くさがったので、代わりに私が説明しますね?」
「ああ、よろしく頼むよ」
「実はアベルさんに裕也くんが『怪しい人はいないか?』って尋ねたところ、『怪しい人ではなく、変わった人なら知ってる』って答えられたらしいんです」
「変わった人、ね……」
「はい。それでセインさんの名前が言われて、それでそのことに一番詳しいであろう人――」
ユナはそう言って、ミゼルからカーテンに奥にいるアイナを一瞥し、
「王女様に話を聞きに行ったんです」
再びミゼルへと視線を戻す。
「へー、なるほどねー。なんとなく納得いったよ。この話を聞いて、私も気になることが出来たけど、それは後回しにしておこうか。また話が脱線するのも嫌だからね」
そう言うと、改めて裕也へ顔を向け、
「それで、王女様はなんて?」
ユナが先ほど尋ねた質問を、再び裕也へと尋ねる。
「――厳しくなったらしいですよ。王女様が言うには」
「厳しくなった? それは――」
「あ、いえ、違います」
ミゼルの質問を遮り、首を横に振って、その考えを頭ごなしに否定した。
「違うって言うと、一つしか考えられないね」
「はい、その通りだと思います。いや、それしかないです」
「つまり、『戦争が始まる前に厳しくなった』ってことだよね?」
「そうです。王女様が言うには目付きも鋭くなったって言ってました」
「目付きもねー。言われてみれば、そんな気がしないでもないか……。んっと、ちょっと待ってな。自分がその証拠を書いていると思うから、その言葉が本当かどうか確認してみよう」
「証拠?」
「まぁまぁ……よいっしょっと」
ミゼルは疲れた身体に鞭を打つようにしてベッドから立ち上がると、自分の席に向かって歩き始める。
その証拠という物が気になり、ミゼルの背中を見送っていると、
「さすがに王女様にそう言われたら、セインさんが昔のセインさんとは違うって認めるしかなさそうですね」
と、ユナが少しだけ残念そうに漏らした。
どうやら、セインが変わっていないことを少なからず信じていたらしい。
「そうだねー。さすがのボクも王女様がそう言ってたら、信じるしかないよねー。でも、なんで変わっちゃったんだろうね……。何かの予知能力でもあったのかな? なんちゃって……」
アイリは戦争前に変わってしまった理由を考え始めたらしく、唯一あり得そうなことを少しだけバカにした様子で言う。
――意外とそれがあるかもしれないんだよなー……。
アイリはバカにしているものの、裕也自身、それに近いような能力を持っているため、否定することが出来なかった。いや、むしろこの世界では予知能力を持つ人物が一人ぐらい居てもおかしくない。そう思うことが正解な正解なのだから。
「え……えっと、なんで誰も突っ込んでくれないの……かな……?」
ユナも裕也の能力について思い当たることがあったのか、アイリのボケに突っ込めずにいたため、アイリが不安そうにそう尋ねる。目は「もしかして……?」と言わんばかりに怯えたものになっていた。
「いや、可能性として考えてただけさ。魔法が使えるんだし、先生みたいに精霊を使役する能力の代わりに治癒効果を持ってたりする人もいるから、『もしかしたら』の可能性は否定できないかなって……」
ユナは裕也の様子を見るばかりで、アイリの質問に困った表情ばかりを浮かべていたため、裕也が誤魔化す羽目になってしまう。それが嫌と言うわけではなかったのだが、そんな異能を持っている立場の人間の自分が、このことを言うのが気が引けてしまい、なるべくは言いたくなかったのだ。
「そっかー……。だよね、バカには出来なかったよね。ごめんなさい」
「謝ることじゃないさ。普通では考えられない能力をバカにして、ないと思いこんでしまうのはよくあることだから」
「……うん。でも……」
「良いから、所詮は可能性の話なんだからさ」
「……うん」
そのままアイリはへこんでしまい、自分が情けないと言わんばかりに「はぁ……」と重苦しいため息を溢してしまう。可能性を全否定してしまっていた自分が許せないと言いたげな雰囲気だった。
「そんなに気にする必要はないんじゃないか?」
まるでタイミングを見計らったかのように戻ってきたミゼルは、アイリにそう声をかける。
「かくいう自分もアイリと同じようにその能力に関してはバカにしてたけどね。普通では考えられないから。だから、自分はアイリと同じように反省しなきゃいけないじゃないか……」
「だけどさー……」
「だけども、くそもないんだよ。だから、いちいちへこまない。ユーヤくんが困ってるじゃないか」
裕也の名前を出されたことで、アイリは裕也の表情を確認するように見つめる。
自分の名前を出された裕也は困った表情を咄嗟に隠すも、少しばかり遅かったらしく、
「……そうだね、分かったよ。元気出す」
アイリはあからさまに元気がない声でそう言った。
「はいはい、そんなことよりも大事なのはセインが変わった時期を調べることだろ?」
この話題は終わりとばかりに、ミゼルは持っていたノートを手でバンバン叩き始める。まるで自分に注目することを求めるように、わざとうるさく。
そして、裕也たちはミゼルが手に持つ三冊のノートの存在にようやく気が付く。
「そのノートは……?」
そのノートの中身が何なのか裕也はなんとなく察しが付き、そう尋ねると、
「ふふっ、秘密のノートだよ」
と、ミゼルはもったいぶったように答えて、再びベッドに座ると、そのノートをペラペラと捲り始めた。




