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(4)

 ミゼルは救護室に入るなり、裕也のベッドに向かって歩いてきた。しかも、相当疲れているのか、左肩を右手で揉みながら。そして、ユナとアイリを見るなり、


「やっぱり二人とも来てたか。別にいいんだけどね。呼びに行く手間が省けるから」


 いつもより不愛想な感じでそう言った。


「お邪魔してます。そして、お疲れ様です」


 イスに座ったままでユナはペコリと頭を下げ、


「先生、お疲れ様! 酷い言い方だけど、疲れてるみたいだから許してあげる!」


 アイリも笑顔のまま、わざと言い返した。

 が、その言葉通りのため、ミゼルは別段気にした様子もなく、二人から裕也へと視線を移す。


「ふむ、見たところ大丈夫そうだね。まだ吐き気は?」

「思い出して、少し……って感じです」

「そうかい。そればかりはどうしようもないね。自分が治せるのは、外傷とかそっち系だから。メンタルばかりは本人次第。相談に乗ることは出来るけどね……」


 そう言って、視線の先を裕也からアイリが眠っているベッドのカーテンの方へと変える。まるで、それを裕也ではなく眠っているアイリへ言っているかのように。


「――いや、出来ないこともないけど、あまりおすすめしたくない、の間違いか……」


 先ほど言った自分の言葉を即座に否定する魔法を思いついたらしいも、本当にそれはしたくない、と言わんばかりにものすごく小さい声で呟く。

 もちろん、それは三人も聞こえており、裕也自身、その方法について察しが付いた。


 ――記憶を消す魔法か……。


 こういう状態でトラウマになってしまったことを魔法で消す。

 メンタル的な問題では一つの手段であるものの、悪用されれば大変なことになってしまう魔法。

 ミゼルの様子を見る限り、それなりのリスクがありそうなことも分かったため、裕也はそのことを聞くことも諦めることにした。

 それはユナとアイリも同じらしく、ちょっとだけ深刻そうな表情へ浮かべており、そのことについて誰も尋ねようと口を開くことはなかった。

 そんな雰囲気を変えようとしてか、


「あの、先生はやっぱり……」


 ユナが突拍子もなくそう尋ねた。


「ああ、そうだよ。アベルの部屋に行ってた。検死ってやつだね」


 腕を組み、部屋のことを思い出してか、裕也同様げっそりとした表情へと変わってしまう。そして、「嫌だ嫌だ」と言わんばかりに少しだけ顔を横に振り、


「まぁ、検死する必要もなかったんだけどね……」


 と、ぼやく。

 その場面を直接見ていた裕也にはそれ内容にも察しが言ったが、ユナとアイリはその場面を見ていないため、


「どういうこと? 死因は何なの?」


 アイリが迷った様子もなく、そう尋ねてしまう。


「一応、二人には教えておかないといけないか」

「そうだよ! ボクたちはユーヤお兄ちゃんに協力してるんだから!」

「分かった分かった。そんな大声をあげなさんな。別に王女様は起きないからいいんだけどさ」

「起きない?」


 不意にミゼルが放った気になる言葉を裕也は自然とリピートしてしまう。そのせいで、ミゼルの意識がこちらに向いてしまい、


「ああ、言ってなかったっけ? ちょっとヤバそうだったから、魔法で眠らせたのさ。だから、ほら……今は安定してるだろう?」


 親指を向けながら、ミゼルはそう答えた。

 そして、裕也はさっきまでは唸っていたアイナの声がいつの間にかなくなっていることに気付く。


「ユーヤくんには言おうと思ってたんだけど、忙しかったから言い忘れてたか。ごめんごめん」

「いや、それならいいんですけど……。まぁ、とにかく死因の方をお願いします」


 話を急に逸らされたことに対し、先ほどからアイリの視線が痛かったため、即座に話を元に戻すことにした裕也。

 そのことが分かっていたミゼルも「そうだね」と言いながら、苦笑していた。


「死因は魔法による滅多切りってやつだね。まぁ、普通の滅多切りではあんな風にならないから、ああいう風に部屋中が汚れるような設定でやったんだろうけど」


 ミゼルもまた思い出したくないのか、気分を落ち着かせるために髪をガシガシと掻きながら、深いため息を溢す。


「うわぁ……そんなに酷いの? って、ユナお姉ちゃん大丈夫?」


 アイリは改めて自分の想像を超えていたことを認識したらしく、「うっ」と漏らす。が、隣では裕也が説明した時と同じように想像してしまったユナは、口を手で塞いだため、自分より酷いと思ったのか、ユナの心配をし始める。


「だ、大丈夫です。直接見てたら、きっと――」


 そう言いながら、裕也を見る。


「だろうね。まぁ、もうすぐ洗浄は終わるから、綺麗な部屋に戻ると思うよ。その後にもう一度部屋に行って、ユーヤくんたちが物色するといい。たぶん、今回も王女様暗殺の件に噛んでると思うからね」


 ユナの状態から裕也と同じく吐いてしまうことを予想したミゼルは淡々とそれを言いきる。

 しかし、裕也は頭の中で「ん?」と思うことがあり、だいぶ楽になった身体を起こして、手を上げる。

 すると、三人の視線が自然と裕也へと集まる。


「あの、先生、ちょっといいですか?」

「ん、なんだい?」


 何かを質問されることは分かっていたらしく、ミゼルはベッドに座り、腕と足を組む。


「普通、殺人現場ってそのままにしておくんじゃないですか? じゃないと見に行った時に――」

「え? ああ、場所によって違うのかな? エルフの街では洗浄――つまり、死体と血などによって汚れた部位を時間回帰系の魔法を使って、部屋を元通りにするのさ。簡単な話、殺される前のギリギリの状態に戻して、証拠を見つけやすくするってことだね」

「ああ、それなら問題ないですね。洗浄って言うから……」

「ごめんごめん。別に酷くなかったらしないんだけど、今回は入った人が思わず吐いちゃうような惨状だったからね」

「え……あ。なんかすみません」


 最初にあの部屋を汚してしまった裕也は、ミゼルが責めるような言い方をしていないことは分かっていたが、それでも謝らないといけない気持ちになってしまい、頭を下げる。

 ミゼルもそのことが裕也の頭を軽くポンポンと叩きながら、


「あれはしょうがないさ。それに、あの部屋を見たほとんどの人がトレイに急行する事態になってたぐらいだしね」


 なんて面白くなるような、フォローの言葉をかけた。

 それだけで裕也は気持ちが少しだけ軽くなり、その光景を想像して、思わず笑ってしまう。

 裕也同様、ユナとアイリもそう光景を想像したらしく、クスクスと笑っていた。


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