(1)
裕也はトイレに連れて行かれ、再び胃の中の物を-吐き出した後、救護室に連れて来られていた。
念には念を入れて、ベッドに寝かされそうになったが、そんな気分でもなかったため、寝転がらず、ベッドに上で体育座りしていた。
そして、その裕也の横のベッドではアイナが横になっている。が、ベッドはカーテンで仕切られているため、どんな状況なのかは分からない。ただ、分かるのはあの光景が頭にこびりついてしまっているのか、唸り声を上げていた。
――当たり前の反応だよな。
それは裕也も同じだった。
なんとかあの光景を思い出したくなくて、必死に忘れようと試みるも上手く行かず、逆にそのことを思い出してしまうきっかけとなってしまっていた。
「くそっ! 無駄に無力感を感じてしまうのはなんでだよッ!」
自分は関係ない。
そのことは裕也自身分かっていた。誰もアベルを追い詰めるようなことはしてない。疑っていたのは確かだが、アベル自身そのことを気にしていなかった。だからこそ、自分のせいではないと思えたものの、
『それでももっと早く殺されてしまうことに気が付けば、助けてあげられたのではないか?』
そう思うと、どうしてもそう思わずにはいられなかったのだ。
裕也は情けなくなり、ベッドに拳を振り下ろしてから、自分の膝に顔を埋める。情けない自分を誰にも見られたくない。その気持ちを行動にして現すかのように。
その時、ドタバタと慌ただしい音が廊下から聞こえて、
「裕也くん!」
「ユーヤお兄ちゃん!」
ユナとアイリが救護室のガラッ! と勢いよく開けた後、大声で叫んだ。そして、迷うことなく、裕也がいるベッド――入口から一番近いベッドのカーテンを開ける。
入ってきた瞬間から裕也は顔を上げていたため、カーテンを開けた二人と目が自然と合ってしまう。
二人の表情は青ざめていたが、裕也の顔を見て、少しだけホッとした表情へと変わる。
「うるさいぞ、二人とも。静かにしろ」
そんな二人に向かって、裕也はぶっきらぼうに言い放つ。
「ご、ごめんなさい! それでも、心配で……」
そう言いながら、ユナはベッド――裕也の隣に腰掛ける。
「ごめんね、でも……」
アイリもユナに倣うように隣に座った。
「それは分かるけど、落ち着け。オレは体調を崩しただけだ。確かに……いや、なんでもない……ッ!」
思い出したくないあの風景をまた思い出してしまいそうになり、裕也は慌てて口を押さえる。それはほんの少しだけ吐き気が蘇ってきそうな感覚があったからだ。
そんな裕也の身体の変調にユナは気付いたらしく、口元に手を持っていた瞬間、即座に裕也の背中を撫で始める。
「大丈夫ですか? 無理に起きてなくても大丈夫ですよ?」
「……ッ! 分かってる。けど、なんとなく起きてたい気分なんだ」
「そうですか。じゃあ、寝てろって言わない方がいいですね」
「……サンキュ」
その優しさに裕也は無意識に感謝の言葉を返した。
アイリも何かしたくなったのか、ベッドの上に立ち上がると、裕也の頭を撫で始める。
「背中はユナお姉ちゃんにとられたから、ボクはこっち。いいよね?」
「……ああ。あんまりガシガシしないなら」
「分かってるよ。だから、触れるか触れないか程度で撫でてるんだよ?」
「……そっか」
頭皮に触れるというより、髪の毛を撫でる程度の撫で方に気が付いた裕也は、そのことを流して、気分が落ち着くまで口元に手を当てていた。
二人に撫でられたことが心に安心感が生まれたのか、今までよりも吐き気がなくなり、なんとなく気分が楽になる。
そのタイミングを見計らったように、ユナはベッドから立ち上がり、ベッドから出て行く。そして、何かカチャカチャと音を立て始める。
「何してるんだ?」
そのことが気になり、裕也は声をかけるも、
「いいから安静にしておいてください。あ、これならいいかな?」
そんな声と共にシャーという水が何かに入れられる音に気が付く。
――ああ、水か。
バシャッと捨てられる水の音がした後、みたシャーと水が入れられる音で、その判断が出来た裕也は大人しく待つことにした。
この時点でアイリはユナが撫でていた背中に手を置き、ユナの代わりに背中を撫でていた。
「はい、どうぞ。これでも飲んで、気分を落ち着かせてください」
そして、ユナは水が入ったビーカーを裕也へと差し出す。
コップで持ってくると思っていた裕也は、差し出されたビーカーを受け取りつつ、
「なんで、ビーカー?」
と、呆れた感を隠すことなく尋ねた。
その質問が気に入らなかったのか、少しだけ頬を膨らませ、
「しょうがないじゃないですか。勝手に探すのも悪いですから、目に入った綺麗なコップの代わりになりそうなものを探した結果がこれです。嫌なら別にいいんですよ、飲まなくても」
なんて答えながら、ビーカーを奪おうと手を伸ばす。
もちろん、「飲まない」なんて選択肢を裕也が選べるはずもなく、
「……まぁ、いいや。ありがたく飲ませてもらうよ」
その手から逃げ、ちょっとだけ戸惑いながらも、裕也はその水を飲む。
一回、救護室に来た時に脱水症状を心配されて飲まされて以降、水分を口に含んでいなかったため、裕也は喉に流れる水の冷たさにちょっとした快感を得ることが出来た。
「ん、すまん。おいしい」
「どういたしまして。最初からそう言えばいいんですよ」
「……これじゃ、さすがに無理だろ。まだ歯磨き用に使われてるコップとかの方がマシじゃないか?」
「……いいんですよッ! もう放っておいてください!」
そんな風にプリプリしながら、ユナは元居た位置へ座る。
裕也とユナのやりとりを見ていたアイリは困ったように笑いながら、
「まぁまぁ、仲良くしようよ。ユーヤお兄ちゃんは体調がまだ優れないみたいなんだから……」
ユナへと注意した。
その注意にユナはちょっとだけ反省したらしく、「はぁ……」とため息を溢し、
「そうですね。裕也くんがいつも通りみたいだったので、いつも通りに接してしまいました」
と、素直に謝罪した。
が、裕也もユナの優しさを少しだけ侮辱してしまったような気がしたため、
「いや、オレも悪かった。水、本当にありがとうな」
同じくユナへ謝罪した。
「うんうん、これで問題なしだね!」
二人の謝罪を見ていたアイリは、二人を見ながら、満足したように笑った。




