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(18)

 裕也は脇腹が痛くなっていたが、走ることは止めずに脇腹を手で押さえながらも走り続けた。

 そして、辿り着くのはアベルの部屋。

 部屋のドアの隙間から灯りが漏れていないのは当たり前の時間帯ではあったが、裕也の胸騒ぎは納まることはなかった。


 ――頼む、生きててくれッ!


 アイナと話した時に浮かんだことはアベルが死ぬという想像だった。

 ドラマではよくある最初に疑われた人物や関連が深い人物は死んでしまう。それは時間を伸ばすためや、真犯人へと繋げるための道筋として必要な死。つまり、その可能性を考えると、アベルが死んでもおかしくないと思ってしまったのだ。

 裕也はその最悪な流れを否定しながら、ドアを二回コンコン! とノックした。

 しかし、時間帯が時間帯だけに返事はない。


「アベルさん!」


 そのためにノックをしながら、声をかける。

 が、相変わらず返事はなく、しーんとした冷たい空気が流れるばかり。

 埒があかないと思った裕也は、


「開けますよ! 文句言わないでくださいね!」


 そう言ってドアノブを掴む。

 その瞬間、裕也の心臓はアイナの部屋に居た時と同じように心臓がドクン! と跳ね上がる。しかし、今回はあの時以上にバクバクと脈打ち、そのせいか頭が痛くなってしまいそうなほど、吐き気までやってくる始末。そのせいか、一瞬にして裕也は気持ちが悪くなってしまう。


 ――これ、開けるなってことかよ……。


 自分の身体の変調から本能的にドアを開けることを拒んでいること知った裕也だったが、開けないことは何も始まらないため、覚悟を決めて勢いよくドアを開ける。


「うっ!」


 部屋を開けた瞬間に充満していた鉄のような匂いが一気に裕也の鼻に襲いかかり、思わず鼻を押さえる。


 ――やっぱり……ッ!


 予想通りの展開、身体の変調、そしてこの匂いからアベルが死んでいることは容易に想像出来た裕也だったが、この状況を確認しないといけないと思い、壁の撫でるようにして、部屋の明かりをつけるスイッチを探す。

 そして、なんとかスイッチを見つけ、カチッとスイッチを押す。

 二、三度点滅してから点く部屋の明かり。


「あ……、あ……」


 裕也はその惨劇を見て、その場にへたり込んでしまう。

 部屋中に見せつけるようにばら撒かれた肉片と血糊。見た者に恐怖を受け付けるような惨状。

 その光景を見た瞬間、元からあった気持ち悪さを我慢出来ず、夕食で食べた物や先ほど飲んだ紅茶を吐き出してしまう。

 行為そのものはとても辛いものだったが、顔を上げれば、自然と視界に入ってしまう惨状を見なくて済むことが唯一の救いだと感じてしまうほど。

 ある程度したところでそれは止まったのだが、後ろからはドタバタと大勢の足音が裕也の耳に入る。


 ――もしかして……アイナが……。


 いくらアベルの名前を大声で叫んだとしても、ここまで大勢の人物が来ることがないと分かっていた裕也は、アイナがこのことに気付いたことに気付く。つまり、アイナがこの部屋に向かってくるということも。

 しかし、それを忠告することは出来なかった。

 なぜなら、吐き気はなかなか止まらず、大声を出せば、また吐いてしまいそうな気分だったからだ。


 ――そ、それでも……アイナだけ……はッ!


 裕也は吐き気と立ち上がった瞬間に突如として現れた激しい頭痛に苛まれながらも、壁に凭れるようにして、ドアに手をかける。そして、そのまま倒れ込むようにして外に出て、左右の通路を確認する。

 案の定、すでにアイナや警備たちの姿が視界に入った。

 そのため、裕也は再び身体に鞭を打ち、気合で立ち上がるとドアノブを掴み、ドアを閉める。そして、ドアに凭れるようにして倒れ込み、口元を押さえる。それぐらい吐き気も限界へと達していたのだ。


「ユーヤさん!」


 その先頭でやってきたアイナがそう裕也に近寄る。

 裕也はもはや喋るどころか動く気力さえ削られた状態だったため、なんとかして首を横に振って、中の現状を伝える。


「ッ!」


 裕也の状態とその行動で全てを察したらしく、アイナは悲しそうな悔しそうな苦い表情になってしまう。


「すみません。ユーヤさんをドアの前から動かしてください。いえ、トイレに連れて行ってあげてください」


 冷静にアイナは一緒にやって来た警備たちに命じた。


「「ハッ!」」


 その命令に対し、素直に答える警備たち。

 それが嫌だった裕也は首を振って、動くことを拒否した。それは、アイナ自身が部屋の中を確認するということがすぐに分かったからだ。


「大丈夫ですよ。こう見えても、私は意外と強いですから」


 部屋の中の状態を甘く見ていることが分かった裕也は、


「ちがっ……うっ!」


 無理にでも喋って、アイナの予想を超えていることを伝えようとするも、口を開いた瞬間に喉元までやって来た熱い何かのせいで、再び手で口を押える。


「早くお願いします」


 「大丈夫ですよ」という優しいアイコンタクト共に、アイナは冷たくそう警備に命じる。

 裕也はそれに反抗することが出来ず、凭れているドアから無理矢理引き離され、一人の警備の肩を借りるようにして、トイレへと連れて行かれ始める。

 後ろを見ようにも見ることは出来ず、移動開始と共に部屋のドアは勢いよく開かれ、


「…………きゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 悲鳴ではなく絶叫。

 アイナの絶叫がお城にこだますかのように響き、


「王女様!」

「王女!」

「あ、アベル殿」

「な、なんで……!」


 予想を超えていた惨状に、この場に集まった全員が混乱し、静かな夜は一瞬にして、慌ただしい夜へと変わってしまうのだった。


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