(17)
「セインのところですが、昔より厳しくなったと思います。外にいる警備の人と同じように……」
信憑性がなさそうだったため、頭の端に置いていた内容を即座に最有力情報として位置として、裕也は頭の中でそれを移動させる。
「なんでそう思うんですか?」
「理由はちょっと分かりません。ただ、アイリに言われて、セインの変わったところを考えた結果ですね。昔と比べてみれば、目付きや言動が少しだけきつくなったような気がするんです」
「そうなのか……。んー、オレは現在のセインさんしか知らないからなぁ……。アイナがそう言うなら信じるしかないか……」
「すみません。比較するとなると難しいですよね。私たちも曖昧なところが多いですから」
そう言って、ペコリと頭を下げるアイナ。
役に立ちたいのに、役に立てなかったことへの辛さが見えるように、少しだけ落ち込んでいるように裕也には見えた。
――悪いことしたな……。
ここまで落ち込むとは思っておらず、お願いを加速させてしまったことを少しだけ恥じた。が、ここで謝ってしまえばおかしいため、謝ることも出来ず、
「気にしなくていいよ。最初から無理なことを頼んでるんだし……」
と、元気づけるように明るく振る舞うことだけだった。
「でも、外の警備の人とアイナのおかげで、セインさんの心境に何か変化があったのは分かったよ。ありがとう」
「そう言っていただけるだけで嬉しいですッ!」
「こちらこそだよ。いきなりの面会に応じてくれたことも感謝しないといけないよ。さ、問題は真犯人の情報が全く手に入ってないことなんだけどね」
そう言いながら、自虐するように苦笑いを溢す。
「え、そうなんですか? 裕也さんの見立てだと、アベルが怪しいと睨んでましたよね?」
「睨んでたけど……、なんか違うんだよ。こう、しっくりくるものがないっていうか……。歯車と歯車がかみ合わない感じ?」
「その気持ちは分かりますけど……。それでは……」
「いるのはいると思いますよ? それだけは確信がありますから……。けどなー……」
裕也は頭を背もたれに身体を全部預け、薄暗い部屋の天井をぼんやりと見上げる。
実はこの確信も思い込みかもしれないと思い始めていたのだ。もしかしたら、『ACF』が思考を働かせすぎた結果、そんな風に思い込ませているのではないか、と。
「難しいですね、それは」
「そうだな。何か一発逆転が起きるような……そんな情報が落ちてないかな……。ドラマとかではよくあるのに……」
「どらま? どらまってなんですか?」
その単語を不思議そうに首を傾げ、アイナは裕也に尋ねながら、「どらま、どらま……」と何度も呟く。
――ちょっと地雷、踏んだかな……?
さすがにここまでの予想をしていなかった裕也はちょっとだけ困り、この世界でも知ってそうな単語を急いで探し、
「え、演劇! 演劇ですよッ!」
と、瞬時に頭の中に思い浮かんだことを口走る。
その単語はアイナも分かっていたのか、手をパンッ! と叩きながら、
「なるほど、演劇ですか! それなら分かります! もしかして、人間の街では『どらま』って言うようになってるんですか?」
自己解釈してくれたことにより、なんとか裕也は危機を脱することが出来た。もちろん、その流れを崩さないように、その会話に乗ることしか出来なかった。
「そうですよ。言葉は移り変わるものなので、そういう言葉が流行ったんです」
「なるほど! 私たちもその言葉を取り入れた方が――」
「いえいえ、無理に取り入れる必要はないですよ。あくまで『人間は』ですから。エルフはエルフでやっていけばいいと思います」
「……そう、ですか……」
裕也にそう言われてしまったアイナは少しだけ寂しそうに表情を曇らせてしまう。
それは、好きな人だから真似をしたい。一緒の言葉で共通点を持ちたいという心理から出た言葉だったのだ。
その気持ちのことなんて全く分からない裕也はこの流れから一時でも早く抜け出したため、
「とにかく、ドラマではそろそろ真犯人くる手がかりが手に入る頃だと思うんですよね……。しかし、そのチャンスすら巡って来ない。やっぱり、ドラマみたいに上手くいくわけないですね」
そうやって苦笑いを溢して、空笑いを溢す。そして、やはり我慢することが出来なかったため息を吐いた。
「現実と劇とでは似てるようで全く別物ですからね。そもそも、演劇と言うのは客を楽しませるために、わざと二つ目の殺人を起こすものですし」
「ですよねー。そんな面倒なことをする必要がない……です、もんね……ッ!」
アイナが何気なく言った言葉に裕也は自分の心臓がドクンと跳ね上がるような感覚を覚えた。
そして、その言葉をもう一度確認するように、
「今の言葉、もう一度言ってもらえますか!?」
と、イスから立ち上がり、早口でアイナへと急かす。
「え? 今の発言ですか?」
「早く!」
「え、えっと……現実と劇は似て――」
「その後!」
「え、演劇は客を楽しませるために、わざと二つ目の殺人を――」
「クソッ!」
その言葉をもう一度確認出来た裕也はイスを勢い良く蹴り倒し、そのままドアに向かって駆けた。
「ゆ、ユーヤさん!?」
その言葉も無視し、悪いと知りながらもドアを蹴り破って、部屋を飛び出し、ある人物の部屋へと全力で駆けた。
「お、おい!」
「何か起きたのかッ!?」
部屋の前に居た二人の警備も、裕也の様子を見て、驚いた表情で裕也の背中を見送るもすでに裕也の背中は小さくなりつつあった。そして、遅れて、部屋の中を確認し始める。
「王女様、ご無事ですか!?」
そう右側の警備がそう尋ねた後、
「何が起きたのですか!?」
と、左側の警備が言葉を繋げるように尋ねた。
アイナは二人の警備の顔を交互に見ながら、
「さ、さあ、分かりません。い、いきなり飛び出して……」
そう言いかけた時、アイナは何か閃いたのか、ハッとして、
「い、今すぐミゼル先生に連絡してください! あ、そ、それとセインにも! 急いでください! 一人は私に付いて来てください!」
早口でそう命令すると、裕也と同じく部屋から飛び出す。
二人の警備は理由が分からない様子だったが、それが命令であると気付き、「ハッ!」と答えた後、右側の警備がすぐにアイナの後に続く。左側の警備は二人とは反対側へ走って、二人に連絡しに走った。




