(6)
裕也自身、ユナの話を聞くだけ聞いて立ち去るというこの行為に対して、かなり失礼であり、相手を侮辱していることはちゃんと分かっていた。しかし、この行為に出たのは、頭によぎった『死』のせいだった。この時、ユナの言った『ACF』により、頭脳の方へパラメーターが移動したらしく、頭の中に死の映像が鮮明に映し出されたのだ。
――本当にごめん。
口に出して説明したところで、天使であるユナはどうにかして説得してくることも分かっていたため、裕也は心の中でそう呟く。
その時だった。
裕也の背中にゾクッとした悪寒が走る。
その悪寒は今までに体験したことのないような寒さ。
そして、全身を針のようなもので一気に貫かれるような感覚=殺意を感じ、裕也は慌ててユナの方を振り向く。
「ユ――ッ!?」
が、裕也がユナの全身を見ることはなかった。
見えるのは五本の隙間から見えるユナの顔のみ。
――い、いつの間に!?
気配もなく距離を詰めていたユナの手によって、視界をほぼ塞がられていると気付く。
五本の指によって鼻より上しか見えないものの、そのユナの目からなんとなく口端を歪め、悪人の顔をしているようにさえ感じる裕也。
「素直に『行く』って言えばいいものを。拒否するから手荒い真似をしないといけなくなったんですよ?」
そして放たれるは、先ほどまでの高い声ではなく低い声。低いと言っても作られた声ではなく、それが日常として使われているような低い声だった。
「ユ、ユナ……?」
「なんですか?」
「何をする気だ?」
「異世界に連れて行くだけですよ。大丈夫、痛い思いも辛い思いもさせませんから。私が裕也を守りますから。その時が来るまでは……ですけどね」
「その時、だって?」
「おっと、これはまだ秘密でしたね。それでは異世界に行きましょう。ちゃんと記憶の改竄はしておきますから」
「待っ――」
「無理です」
裕也の静止の言葉を切り捨て、ユナは裕也の背後に渦巻く円形の入口を出現させる。そして、裕也の顔をそのまま押すようにして、その渦へ押し込む。
顔を押される感覚とグルグルと渦巻く視界を見ながらも、身体の感覚はその場に立っているだけの感覚のままに裕也は戸惑いってしまう。
立っているだけのせいなのか、裕也は抵抗することもなく、その渦に吸い込まれる。
そして、その教室に残ったのは偶然にも手放した裕也の学生鞄だけだった。