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「うおっ! お、王女様!?」


 部屋の中に入ると、目の前に膨れっ面らのアイナが不満全開の表情で裕也を見ていたため、思わず裕也は驚きの声を出してしまう。が、この表情を二人の警備に見せるわけにはいかないと思い、態度は悪いと知りながらも背中向きで扉を閉める。


「遅いです。それと名前……」


 さらに機嫌を悪くしたらしく、プイッと裕也に背中を向けて、テーブルに歩いて行くアイナ。

 その後をすかさず追いながら、名前のことについて一瞬考えてしまう。が、それもすぐに思い出すことが出来、


「すみません、アイナ。名前の件、忘れてました」


 と、呼び捨てにして呼ぶことを約束させられたことを思い出し、謝罪した。

 その謝罪にピクッと反応したようにアイナは動きを止め、裕也へ振り返る。そこにはさっきまでの機嫌を悪くしたアイナの表情はなく、嬉しそうな表情があった。

 その表情を見た裕也は胸を撫で下ろす。

 女の子の機嫌を損ねてしまった場合、そこから元に戻すのに結構大変だからだ。だからこそ、簡単に機嫌を直してもらえたことに裕也は安心してしまったのだ。

 が、それを裏切るようにアイナは目だけを裕也からずらし、舌をベーっと出す。


「え?」


 その意味を裕也はすかさず考える。

 アイナの表情は拗ねた時にするようなものではなく、笑顔のまま。同時に舌を出すという意味は何かをしてやった、という意地悪をした時に出すもの。


 ――ま、まさか……ッ!


 そこから導き出される答えに裕也の口端はひくひくと軽く吊り上ってしまう。

 裕也の表情からアイナも自分のした行為の意味に気付いたと分かったらしく、「ふふっ」と口から笑いを溢した。


「それで正解ですよ。一応、答え合わせでもしますか?」

「……ッ! い、今の拗ねたのは全部演技ですよね?」

「正解です。よく分かりましたね。これだけで分かるなんて、さすがです」


 アイナは胸元でパチパチと手を叩いて、正解したことを褒める。


「さすがにそんな意地悪な笑みを溢されたら、気付きますよ。っていうか、なんで演技をしたんですか?」

「私を放っておいて、外の警備の人たちを仲良くお話をしてるからですよ。それ以外ないじゃないですか」

「いや、それは――」

「分かってますよ。その警備の人たちとセインのことについて話していたのは。だから、私自身嫉妬するのは場違いだと分かりました。それでも、やっぱり一言ぐらいは欲しかったので。とにかく、簡単に言えばおしおきということで」

「おしおき、ですか……」


 なんとなく納得がいかない裕也は頭をガシガシと掻きながら、無理矢理納得させることにした。そうでもしないと、この話の決着はつかないような気がしたからだ。

 そんなことはお構いなしにアイナは紅茶の準備をし始める。が、そこで何かを「あっ」と声を漏らし、


「二人っきりの時は呼び捨てで言っていいましたよね?」


 と、準備をしながら声をかけた。


「はい。しましたね」

「ついでに敬語も止めましょう。なんとなく呼び捨てに敬語は似合わないので。もちろん、二人っきりの時ですよ?」

「……いいんですか?」

「敬語」

「……いいのか?」

「はい、大丈夫ですよ」

「分かった。これからはユナやアイリと接するように接するよ」

「はい、お願いします」


 アイナはにっこりと笑い、紅茶を注いだティーカップを裕也の前に置く。

 そのティーカップを取り、匂いを嗅ぐとあの時と同じアップルのような匂いがしてきたため、


「あの時と同じ……?」


 その問いに対し、アイナは自分の分を用意しながら、


「そうですよ。さすがですね」


 と、にっこりと笑い、向かい合うように座り、両手でカップを掴む。そして、裕也と同じように匂いを嗅いだ後、一口飲み、満面の笑みを溢す。

 裕也も同じように一口飲み、ティーカップをテーブルに置く。そして、時間ももったいないので、一番聞かなければならないことを尋ねることにした。


「質問、いいかな?」


 いきなりの問いかけに対し、アイナはちょっとだけつまらなさそうに上目遣いで見ながら、観念したように「ふぅ」と息を吐き、


「いいですよ。内容は分かってますけど……」


 持っていたティーカップをテーブルに置く。

 今までのように冗談ではなく、真剣に答えるつもりらしく、ピリピリとした空気がアイナから溢れ、裕也も自然と気を引き締めてしまう。


「外でも話してたからな。だから、分かってると思うけど、もう一度聞くな」

「はい、どうぞ」

「アイナ、セインさんが昔と変わったと思う所はないか? 何でもいいんだッ!」

「……え、あの……」


 そう尋ねた瞬間、アイナはびっくりした様子で顔を紅潮させ、少しだけ動揺し始める。

 なんで動揺してしまうのか、その理由が裕也には分かっていた。いや、意図的に動揺するように仕組んだのだ。

 それは好意を持っている人間にだけ有効な質問方法。名前を呼び、その人しか頼れる人がいないことをアピールすることで、最大限の情報を聞き出す。しかも、普段は呼び捨てしない相手だけに、さらに効果があることを狙ったのだ。


「何?」


 しかし、裕也は気付いていないふりをして、アイナを不思議そうに見つめる。


「いえ、何でもないです」

「何が?」

「……な、何でもないですからッ! セインのことですよねッ!?」

「そうだけど……」


 ――ちょっと意地悪なことしてるけど……しょうがないよな……。


 そう思いつつも、裕也はアイナからたくさんの情報を手に入れたかったため、ちょっとだけ心が痛んだが、気にしないようにして、話を進めることにした。


「えーっと、変わったことですよね。ちょっとだけ驚いてしまったので、準備していた答えが……思い出すので少しだけ待ってください!」


 アイナはあわあわと今まで見せたことがない慌て方をしながら、「えっと、えっと」と呟きながら考え始める。

 その慌てる様子を少しだけ面白く見ながら、ティーカップを手に取り、また一口分飲み込む。


 ――なんか王女様じゃなくて一般人と話してるような気分だな……。


 そこで自分の考えてしまったことに裕也は疑問を持ってしまう。なんで、王女様にそんなことを思ってしまったのか、と。

 立場としては王女であることは間違いないのだ。なのに、この慌て方が今まで裕也は勇躍してしまった反応と大して変わらない。動揺することは王女の立場でも人間である以上してしまうことは確かだが、その慌て方に優雅さを感じない。それが原因だった。


 ――……いや、気のせいだな。


 が、すぐにその考えを否定した。

 なぜなら、今まで王女という立場の人間を誘惑したことがなく、きっとその人特有の個性があると思い直したからだった。

 そんなことを考えていると、ようやく気分を落ち着かせたアイナが、裕也の質問に答えるべく、口を開いた。


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