(14)
深夜。
裕也はアイナの部屋に向かって、廊下を歩いていた。
アイナの部屋に向かっているのは、アイリが取りつけてくれたアイナとの約束を守るためである。
アイナの部屋までもう少しという距離まで来ており、視界に入るその部屋のドアの前では二人の警備がしっかりとした武装で、アイナの部屋が警備していた。
薄らとした廊下の光の中で、裕也の足音に敏感に反応したのか、二人は手に持っているランスを裕也へと向ける。
――や、やっぱり警戒されるか……。
入り口前はしっかりとした灯りが付けられており、裕也が歩いている廊下はまだ薄暗いため、誰が向かって来ているのか分からない。そのため、警戒されることは分かっていたのだが、裕也は少しだけビクッと身体を震わせ、自然と手を両手に上げてしまう。が、そこで引き返したり、歩みを止めてしまえば怪しまれてしまうので、歩いていたスピードを少し落として部屋に近付いていく。そして、自分の顔が見える位置が辺りで、
「お、お疲れ様です……」
そう声をかけて、警戒を解くように声をかけた。
その声を聞いた警備の二人は少しだけホッとしたような息を吐いて、姿勢を先ほどまでの直立へと戻す。
――問い詰められないってことは、王女様がちゃんと伝えてくれてたのか……。
同じように裕也もちゃんと連絡が言っていることにホッとして、胸を押さえながらため息を吐く。そして、二人の警備の前で軽く会釈し、ドアにノックをしようと手を伸ばす途中で、それを止める。
それは二人に聞きたいことがあったからだ。
「あの……ちょっとだけいいですか?」
二人は裕也に話しかけられると全く想像していなかったらしく、一瞬動揺し、お互いが顔を見合わせてしまう。
「なんだ?」
そして、代表して左側の警備が裕也の質問に応じた。
「聞きたいことがあるんですよ」
「聞きたいこと?」
「はい。ダメなら……いいです。無理強いすることでもないですから。お仕事中ですし……」
「ふむ。どうする?」
左の警備はそう右の警備にちょっと迷ったように尋ねると、
「仕事中だからなー。無駄話すると怒られるんじゃないか?」
少しだけ悩んだ様子で答える。
「でも、王女様のお願いでは協力してあげないといけなんだぞ?」
「……そうだったな」
「どっちを優先させればいいんだ?」
「それは……王女様だろうな」
「……分かった。そうしよう」
二人はアイナのお願いを優先することを決意するも、まだ怒られる恐怖から少しだけ不安があることを感じたため、
「あ、オレが話を聞いたことを王女様には言っておきますよ。だから、二人は安心してください」
せっかく聞きたいことを聞いてくれるので、裕也はそれぐらいのフォローはしないといけないと思い、そう言った。
「そうか。助かる」
「ありがとう。それなら大丈夫だ」
二人とも裕也からのフォローに即座に感謝した。
「それで聞きたいことはなんだい?」
そう言って尋ねてくるのは左側の警備。さっきまでの厳格な物言いとは違い、少なからず口調も柔らかくなっていた。
「上司の事なんですけど……答えてもらっても大丈夫ですかね?」
「上司? 誰になるんだい?」
「セインさんです」
「……ッ! ま、また大物だな……」
兵隊の中で一番上の人物のことだけに左側の警備は少しだけ戸惑った様子を見せてします。きっと、下手に話したことを知られれば、とんでもないことになると想像したのだろう。
だからこそ、裕也はもう一度、
「大丈夫ですよ。このことはセインさんの耳に入らないように気を付けますから。そもそも、あなただけでなく、みんなに聞く予定なので安心してください」
勇気づけるようにフォローの言葉をかけた。
「しょうがない、答えてやれ。本当にバラさない約束だぞ」
そう言ったのは右側の警備だった。
自分は念には念を入れて、答えるつもりはないらしいことが裕也にはすぐに分かった。が、左側の警備の人だけでも答えてくれればそれでいいため、
「お願いします」
と、左側の警備へと頭を下げた。
「分かった分かった! 王女様のお願いでもあるから、元から断ってはダメだからな」
「ありがとうございます。王女様を待たせるのも悪いから、簡単に尋ねますね。セインさんって昔と何か変わったと思うことありますか?」
「変わったところ?」
「はい、性格とか考え方とか……、なんでもいいんですが……」
「変わった所ねー」
左側の警備は「うーん」と考え込み始める。
チラッと右側の警備を確認すると、こちらも同じように考えてくれているらしく、廊下の正面ではなく、斜め上を見ていた。
「分からないならいいんです。ちょっとでも気付いたことがあれば、よろしくお願いします」
「ま、待て! 昔と比較してる最中だから」
「すみません」
急かすつもりはなく、ほんの少しでも何か思い当たることが教えて貰いたかったため、そう言ったのだが、どうやら真剣に考えてくれていたことを知り、裕也は即座に謝る。
その時、右側の警備が「あっ」と声を漏らす。
「そう言えばだが、セイン警備長、最近鋭い目をするようになったな」
「鋭い目?」
「ああ。なんていうか、殺意に満ちた目っていうんだろうか? とにかく今までは違う何かのような……」
「そうなんですか……」
その時、裕也の頭の中で一昨日の夜のことが思い出された。
それは部屋から出る前にセインが自分を見ていたあの目のことである。あの時の目は『好きな人を取られそうになった嫉妬の目』よりは、右側の警備の人が言うように『殺意に満ちた目』の方がなんとなく納得いくような気がしたからだ。が、なぜ自分にそんな目が向けられたのか裕也には分からなかった。
――あいつが言っていたように、何かあるのか?
「ふむ」と顎を右手で触りながら、左手を腰に当てながら考えていると、
「疑わないのか?」
と、右側の警備へ尋ねられてしまう。
「え? 何でですか?」
「いや、あの人からは信じられないようなものだろう?」
「それはセインさんを知ってるあなたたちだからそう思うだけであって、オレからすれば知らない情報ですからね。だから、なんでもいいんですよ。聞いたことを調べる、それがオレの役目ですし」
「そ、そうか……。信じてくれてありがとう」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
裕也は改めて右側の警備の人へ頭を下げて、ちゃんとお礼を述べると、右側の警微は恥ずかしそうに顔を逸らす。




