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 昼過ぎ。

 裕也はある一つの部屋の前で、一人憂鬱そうな表情で立っていた。

 その部屋は今まで得た情報の中で一番怪しいと言われている人物――アベルの部屋である。

 本来だったら来るだろうと予想していたユナとアイリがいないのは、アイリが一昨日のことを思い出し、会いに行くのが嫌になったからだ。泣いたり、怯えたりする様子はなかったが、念のためを考えて、ユナは自主的に残ると言ってくれた。そのため、裕也は一人でここにいるのだ。

 しかし、裕也もさっきから部屋の前にいるのに、なかなかドアをノックすることは出来ずにいた。

 それは、アイリと同じくアベルに会いたくないから。

 もちろん、アイリのように恐怖から会いたくないわけではなく、情報を聞き出さないといけないのに、状況によってはあの時のように殴り掛かる可能性があるからである。いくら自制を聞かせたとしても、あの時のことを持ち出されてしまえば、怒りに身を任せるかもしれない。そんな想像が安易に出来たのだ。


 ――けど、こんなことをいくら考えててもしょうがないよな……。


 いつまでもここに居てもしょうがないと裕也は思い、しょうがない気持ちを隠すことなく、ドアをコンコン! と二回ノックした。


「入ってもよいぞ」


 ノックした後に即座に反応され、部屋の外まで聞こえる声。

 裕也はその声に従い、


「失礼しまーす」


 自分でも想像した以上に不愛想な声でドアを開け、部屋の中に入る。

 部屋の中に入り、簡単に部屋を視線だけで見渡すと、趣味のような物は一切怒れていなかった。あるものは、生活に必要最低限な机とベッド。そして、あとは全部本棚で埋め尽くされていた。その本棚の中も雑誌などではなく、政治経済や魔法書などの分厚い本ばかり。ミゼルが言っていたように、完全にエルフという種族を強くするために頑張っていることが、目に見えて分かる状態だった。


「そんなにマジマジと見るではない。礼儀が悪いぞ」


 机に向かって、何かを必死に書いていたアベルが、イスを回転させて、裕也の方へ身体を向ける。


「す、すみません。すごい量の本だなって思ってさ……」

「知識を増やすにはこれでも足りないぐらいだ。それで用件はなんじゃ? ワシは忙しいんだ。早く済ませてくれ」


 アベルは腕と足を組み、背もたれに背中を深く預けて、リラックスした体勢になる。

 そこで裕也はあることに気が付いた。

 それは、一昨日までの怒りに満ちたアベルではなかったからだ。むしろ、ミゼルたちが言っていたような野心が、今では全然見えないほど穏やかな声と雰囲気を出していた。


「今日は機嫌が良いんだな」


 だからこそ、裕也はそのことをアベルに尋ねてしまった。

 本当は聞いてはいけないことだと分かっていたが、それを聞かずにはいられなかったから。

 そんな裕也の問いに対し、


「いきなり失礼な質問じゃな」


 と、機嫌が悪くなった様子で言うも、心を落ち着かせるために一度深呼吸をして、


「あの時はすまなかったな。王女様の命が狙われたこともあり、ワシも動揺しておったのだ」


 そう改めて、あの時の非礼をアベルは謝罪した。態度は変えることはなかったが、ほんの少しだけ頭も下げて。


「オレは別にいいけど、謝る相手が違うって。謝らなきゃいけないのはアイリにだろ? だから、今度ちゃんとアイリに謝れ。それでいいからさ」

「分かっておる。それぐらいちゃんとするわ。口の悪いガキめ」

「はいはい、口が悪くて悪かったな。それよりもだ、あんたに聞きたいことがある」

「……まぁ、座れ。立ちっぱなしも辛いじゃろ?」

「……どうも」


 裕也は罠でもあるんじゃないか、と勘ぐってしまったが、言われた通りに座ることにした。しかし、イスは一つだけしかなったため、しょうがなくベッドの上に座る。

 アベルもまたその意図で言ったらしく、そのことに対して注意することはなかった。


「じゃあ、改めて質問するよ。なんで、あんたはみんなから怪しいと思われる行動を取るんだ?」


 裕也は包み隠さずにその質問をアベルへとぶつけた。

 隠しても意味がない。

 それはそう思ったからだった。そうじゃないと、ここまでみんなから怪しいと思われる行動を取るはずがないからだ。

 案の定、その質問に対して、驚く様子すら一つ見せなかった。むしろ、その回答にどのように答えればいいのか、そのことに悩んでいるようだった。


「時代は移り変わるからこそ、自分たちも成長しないといけないということじゃ」

「それは分かるけど、あんたはタカ派なんだろ?」

「エルフの中では、な。ハト派だろうが、タカ派だろうが、王女様を守るために強くなってはいけないという法律や命令はないはずじゃが?」

「それはその通りだけどさ」

「そういうことじゃよ」

「どういうことだよ?」

「周りの者たちがどう思っているかは知らんが、革命云々は考えておらぬということじゃ」

「……考えてない、ねー」


 裕也はその言葉を安直に信じていいのか、それが分からなかった。が、少なくとも現状ではアベルはそんなことを考えている様子は一切ない様子なのだ。

 だからこそ、やっぱり信じられないという気持ちが強くなってしまう。


「じゃあ、質問を変える。みんなにも聞いてるけど、あんたから見た怪しい人は?」

「怪しい人か……。おらんのじゃないか? ワシ以外には……」

「……駄目じゃないかよ。さっきの言葉に説得力なさすぎだ」

「怪しい人はおらぬが、変わった人ならおるぞ?」

「変わった人?」


 その言葉に裕也は「ん?」と首を傾げた。

 今までは怪しい人ばかりで探していたものの、考え方が変わった人では聞き込みをしたことがなかったからだ。


「へー、誰だ、それ」


 裕也はちょっとだけ興味が湧いてしまい、身体を前のめりにさせながら、アベルに尋ねる。

 アベルはこの情報に食いついてくると分かっていたのか、口端を軽くつり上げ、


「なんじゃ、興味津々じゃな」


 と、少しだけからかうような口調で、裕也に言った。


「うるせーよ。こちとら情報が欲しいんだよ」

「ワシの情報が信じられるのか?」

「信じられない」

「そうじゃろ? なのに――」

「最後まで聞けって。それが誤情報だったとしても、情報が少しでも欲しいオレたちにとっては大事な情報だ。だから、聞くだけ聞いて、後で確認する」

「そうか。そこまで言うのなら教えてやろう」


 この状況を楽しんでいるらしく、嘲笑を一通り溢した後、


「その人物はセインじゃよ」


 変わった人の名を裕也へと教えた。


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