(5)
「じゃあ、さっそくその理由とやらを教えてもらう。あっ、オレに備わっている能力ってやつも」
裕也は身体を自然と身体を前のめりにし、ユナがこれから発する言葉一つ一つを聞き逃さない様に耳を傾ける。
ユナも裕也が自分の話に興味を持ってくれたことが嬉しいらしく、
「分かってますよー。そのための私なんですから」
と先ほどまでとは打って変わり、今度はユナが両手で頬杖を付いた体勢になる。
「とりあえず、異世界に連れて行きたい理由から話しましょう。良いですか?」
「どっちからでもいいよ」
「それでは許可を貰ったということで、理由から話します。裕也くんには各種族の長を自分の虜にして、全種族をまとめあげて欲しいんです」
「……各種族の長?」
「はい。火精霊、水妖精、風妖精、土妖精、人間、魔族が各種族になります」
「その種族は別に良いとして……、その虜にして欲しい理由は?」
「各種族の長が仲悪くて、時間次第で種族間戦争が起きそうだから、それを阻止してもらいたいんです。というより、虜にしなくても仲を取り持って欲しいんです」
「なるほどなー」
戦争体験者ではない裕也からしても『戦争』という単語を聞くだけで、とんでもない事態であることは飲み込めた。そして、神様がそれをなんとかしたいと思う気持ちも。
ユナは裕也の返事から理由については納得したと思ったらしく、次は能力の説明をし始めた。
「さっきから『虜にして欲しい』と言っていますが、本来の裕也くんの能力は違います」
「は? 魅惑系の能力じゃないのか?」
「はい。あ、いえ、それも備わったんですよ? でも、それが後天性というだけのものであり、先天性の能力は『Ability Change Faculty』です」
「……えーと……『能力変換能力』でいいのか?」
「はい、その通りです」
「意味が分からないんだが……」
「ですよねー。つまり、人間をゲームのパラメーター表記にするとしましょう。そうなった場合、例えば『頭脳』『運動』『運』の三つに分けるとします」
「おう」
「その能力を瞬間的に偏らせることが出来るというものです。つまり、何かの試合の時は頭脳と運の能力を減らして、それを運動の方へ持っていくということが出来るわけです」
「……マジで?」
「マジです。というより、今の英語を和訳したじゃないですか。その時に頭脳の方にパラメーターが偏ってたと思いますよ? 英語得意じゃないでしょう?」
「……確かに得意じゃないけどさ」
裕也はその言葉に同意しざるを得なかった。
事実、英語は好きではなかったからだ。というよりも、授業ではなんとなく付いていけているだけであり、本当はあまり分かっていなかったりした。しかし、テストではそんなこと関係なしに良い点が取れたりしている。
そこまで思い返すと、『言われてみれば……』と思い当たる節が多いことに気付く。
「けど、完全には制御出来てないんですけどね」
「これで?」
「はい。裕也くんの心境によって、能力が自動で変動しているだけです。本来だったら、瞬間瞬間で能力の変動が出来ますから。他人から見れば、超人を見ているような感覚になるほどですよ」
「……なんつう便利能力だよ」
これまた予想を超える能力に裕也は一筋の汗を垂らす。
最初は地味なものだと思っていたものが、実はとんでもない可能性を秘めたものだと気付いたからだ。同時に頭脳の方へパラメーターが移行したのか、この使い方を模索し始める始末。
そのことに気付いたのか、
「次は魅惑能力について説明しましょう」
ユナはその思考を止めるように裕也を促す。
「この能力は先ほど言ったように、放出する術がなかった魔力をどうにかして発散するために編み出された能力です。裕也くんも気付いていると思いますけど、目ではなく声によって魅惑するタイプです」
「なるほどな。だから、オレのことを嫌い人物でも話しただけで友達になれるのか……。でもさ、例えば異世界に行くとするじゃん? 異世界では魔法を使える世界だから、この能力はなくなるんじゃないのか?」
「いえ、後天性とはいえ、そういう魔力回路が出来てしまったので、一つの固有能力として残ります」
「……これからの人生、この能力はもう消えることはないってことか」
「そうなりますね」
裕也はがっくりと項垂れる。
現時点でも困っているこの能力の扱いに、これからも付き合っていかないといけない。それだけで憂鬱な気分になるには十分だった。
そんながっくりと項垂れる裕也を余所にユナはホッとした表情を浮かべていた。
「一応、これで説明は終わりですね」
「そうか。終わりか。とにかく、オレの長年の悩みについて教えてくれてありがとう。先天性の能力と後天性の能力があることが分かったよ」
「いえいえ、じゃあ、そういうわけで異世界に行きましょう! 急がないと――」
ガタッ! とイスから勢い良く立ち上がり、裕也に向かって、手を伸ばす。
しかし、裕也はその手を掴むことはなかった。
ユナは「え?」と意味が分からない表情を浮かべ、
「ど、どうしたんですか?」
と尋ねる。
裕也はその返答に対し、ゆっくりと首を横へと振る。それは否定の意思を込めたもの。
「行くわけないだろ」
「え、な……、何でですか!?」
その言葉が信じられないらしく、ユナは青ざめた表情を浮かべた。
ここまで聞いた裕也が、このタイミングで否定して来るとは思ってもいなかったらしい。
「なんで行くと思ったんだ?」
「だ、だって……異世界の……」
「オレには関係ない。だって、オレの生まれた世界はここなんだろ?」
「そ、そうですけど……」
「そういうことだ。もし、行くとしても、しばらく考えさせてくれ。オレはアニメとか漫画みたいな世界に行きたい、って願望はないから」
裕也は青ざめるユナを無視して、机の横にかけてある学生鞄を手に取りながら立ち上がる。そして、イスを机とくっつくようにずらした後、教室のドアへ向かい歩き出す。しかし、一度振り返ると、
「能力について教えてくれたのはありがとう。それだけは言っておく。もし、考えが変わるかもしれないから……一週間後に屋上でな」
それだけ言って、再び歩き出す。