(3)
解放された瞬間、昨日と全く同じ感覚が裕也に身体に生じ始めたため、昨日言われたことを頭の中で反復しながら、全身の力を抜いていく。そして、準備が整ったら、昨日言われた通りに右手にその熱さを集中させていった。
――やべ、昨日のことがあるから不安だな……。
そこまでやった時に裕也の頭の中で昨日のことが思い出され、少しだけ心に不安がよぎってしまう。昨日とは状況なども違うことは変わっていると分かっていても、また迷惑をかけてしまうことが嫌になってしまい、頭の中がそのことがいっぱいになっていると、
「大丈夫だよ。ボクがちゃんと調整するから」
ギュッと裕也の手を力強く握りしめるアイリ。
裕也はその手を握り返しながら、昨日は解放した直後、手をすぐに離されていることを思い出す。しかし、今回はずっと握ったままでいてくれる理由に気が付いたため、
「サンキュ」
と、小声でそうお礼を言った。
しかし、アイリの返事はなく、握られていた手の力が抜き、それに応える。
それとほぼ同時に全身にちょっとした寒気が伝わり始め、右手だけに熱さが集中されていく感覚が生まれ始めた。
「その調子ですよ」
その様子を見守っていたユナがそう裕也へ声をかける。
――ああ、この感覚なのか……。
寒い日に右手だけをお湯に浸けたようなそんな感じの熱さ。一度味わった感覚――日常的な例えが出来る感覚を忘れない自信があった裕也にとって、もう大丈夫だという確信に変わる。
「ちょっ、ユーヤお兄ちゃん! ストップストップ!」
突如としてアイリが慌てた様子で、ストップをかけた。
「え?」
何がどうしてストップをかけられたのか全く分からない裕也は、その声のせいで今まで閉じていた目を開け、アイリを見つめる。
アイリは目を閉じ、「んー」と唸りながら、裕也を握る手を強く握ってきた。
そして、突き刺さる三人の視線に気付き、裕也は三人の方へ顔を向ける。
すると、三人はなぜかびっくりした表情をしていた。開いた口が塞がらないという状態で、口を開けたままポカーンとしていたのだ。
「え、何?」
三人の表情からも何が起きているのか全く分からない裕也は、視線をユナ一人へと定める。ユナに定めたのはこの場で一番自分のことを分かっているからだった。
「あ、あの……」
「おう」
「二日目にして感覚掴んだんですね」
「そうなのか?」
「はい」
「へー。例えがしやすい感覚だったから、掴みやすかったってのは本当だけどさ……。んで、なんでストップをかけられそうになったわけ?」
「そ、それは――」
ユナがその質問に答えようとしたところで、
「それはボクが答えるよ。魔力の放出させたのはボクだからね」
と、アイリが割り込んでくる。
自然とアイリへ顔を向けると、ゆっくりと目を開けながら、握っていた手の力を脱力させるように抜く。そしてホッとしたような表情を浮かべる。
――なんだ、この深刻そうな状況……。
アイリの様子からそう察することが出来た裕也はそう思いながら、
「じゃ、じゃあ……アイリ、説明頼む」
その原因を究明するためにアイリが言った通り、ユナではなく、アイリにその説明を求めた。
「んーとね、ユーヤお兄ちゃんの魔力がボクの方へ流れようとしたの。ボクが放出の制限かけてたのに、本体であるユーヤお兄ちゃんが自分の意思でその制限を超えたんだよ。だから、慌ててストップをかけたんだよ?」
「オレの魔力が? なんで?」
「魔力を感じるコツを掴んで、ちょっとずつ移動していた魔力を一気に移動させようとしたせいだからだと思う。つまりは放出量の調整が出来るようになったってことだよ!」
「……なんかすまん。成功したみたいだけど、ちょっと複雑な気分だ」
「ううん、大丈夫だよ! ただ、次の指示が遅れるぐらいだったから、ストップをかけたんだ。ボクの方こそごめんね! っていうか、おめでとう!」
「さ、サンキュー! なんかいきなり迷惑かけて悪い。コツというか、あの感覚を掴んだせいで、調子にのりかけてたみたいだ」
「しょうがないよ! だから、そんなに謝らないでよッ!」
アイリがそう言うため、あまり納得がいかなかったが、しつこいのもダメだと思い、謝罪をするのは諦め、反省の意味を込めて、頭を掻く裕也。
「とにかく、ここまでお疲れ様です!」
そんな裕也を励ますように、ユナは笑う。
が、何が「お疲れ様」なのかよく分からない裕也は、
「まだまだこれからだろ? 魔法を使うための訓練をしないといけないんだし……。っていうか、魔力の放出は初歩の初歩なんじゃないのか?」
そう言って少しだけ不満を漏らす。
裕也がそうやって不満を漏らしてしまったのは、昨日と今日でなんとなく失敗ばかりしているような気がしたからだ。最初から成功するとは思ってはいないが、少なくとも今日のは自分のせいであることは間違いない。そのため、これから先もどんな迷惑をかけるのか、それがさらに不安を増長させてしまっていた。
「気にしすぎだよ。っていうか、そこまで不安になる必要はないさ。これでも舐めながら、話を聞きな」
そう言って、ユナの肩を持つようにミゼルが口を挟むと、白衣のポケットから飴玉を取り出し、それを投げる。
その飴玉は放物線を描き、裕也の胸元へ落ちるようになっていが、その前に手でキャッチ。
「ありがとうございます」
貰った飴玉を片づけるのは悪いと思い、あまり舐めたくはなかったが、その飴玉の包み紙をほどき、口の中に放り込む。口の中に入れると気分を強制的な入れ替えさせるようなミント味が口の中に広がる。
「どういたしまして。自分が口を出していいのか分からないけど、ここからはそこまで大変じゃない。それだけは言えるから安心しなよ」
「大変じゃない?」
「まぁ、それは指導する立場じゃない自分からは言えないね」
「は、はぁ……」
あくまで口を出さないつもりらしく、ミゼルは顔を逸らす。
裕也はちょっとだけその反応に困りつつ、ユナとアイリを交互に見つめて、どちらかに説明を求める。
ユナとアイリもミゼルのその反応に困ったような反応をしながらも、どちらが説明しようかとお互いがお互いを見ていると、
「あの……私が説明しましょうか?」
と、アイナが手を上げる。
「え、あっ! ど、どうぞ!」
アイナの咄嗟の発言により、ユナは驚き、思わずそう発言してしまう。言い終わった後に、「あっ!」と自分が自分の発言に驚く始末。
――おいおい、何してんだよ。
裕也からすれば誰でも良かったため、特に気にしてはいなかったが、ユナの反応を見て、心の中で苦笑。
ユナがそう言ってしまったため、
「王女様、お願いします!」
と、空笑いを溢し、アイリもアイナへ説明を頼んだ。




