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 翌日。

 この日の朝から裕也の予想外なことが起き始める。いや、いつかは起きることが分かっていたのだが、いきなりこんな状況になるとは考えてもみなかったのだ。


「本当にこんな朝っぱらからご苦労なことだよな……」


 訓練場にて裕也は半分白目をしながら、チラッと自分の背後を確認する。

 そこにはこのお城にいる全員かも知れない女性のエルフたちが窓から裕也を見つめていた。そして、その視線に気が付いたのか、


「キャー! こっち見てくれたわ!」

「あたしを見てくれた!」

「違う! 私だって!」

「何を言ってるのよ! あたしよ!!」


 半分言い合いになりつつ、裕也が窓の方を見たことを喜んでいた。

 それとは正反対に裕也はげっそりとした表情でため息を吐く。

 昨日までは何もなかったはずなのに、今日からいきなりこんな状態になってしまったことに心身共についていけなかったのだ。


「もう! 窓の方を見るからいけないんですよ?」


 裕也が窓の方を向いてしまったことにより、状況がさらに悪化してしまったことを戒めるかのように、ユナは両腰に手を置き、ジト目で裕也を睨みつけた。


「だってさ。やっぱり気になるじゃん」

「それは分かるけど、気にしないで下さい。早起きしたにも関わらず、訓練する段階にもならないじゃないですか!」

「だってよー」

「『だってよー』でも『でもさー』でもないんですッ!」

「悪かったって。でも、さすがにこんな状況じゃ集中力出来ないっての」


 一人でも仕事が戻ったことを祈りつつ、裕也がもう一度窓の方を見ると、再び歓声が沸いてしまう。そして、視線をユナとアイリの方へ戻すとしばらくして静かになる。まるで、裕也の邪魔をなるべくしないように配慮した歓声。が、裕也からすれば、その配慮が余計に気になってしまうというループに陥ってしまっていた。


「だから、向かない!」


 それを咎めるように何度目になるか分からない注意をするユナ。その表情は次第に注意から怒りに変わりつつあった。

 そんなユナを見ていたアイリが、


「しょうがないよー。いきなり賑やかになったかと思えば、急に静かになるんだもん。ボクたちはその様子が見えているからいいけど、ユーヤお兄ちゃんは見えないからね」


 裕也の心境を代弁しつつ、苦笑を溢す。


「見えたら見えたで大変なことになりますよ?」

「そうだね。きっと歓声が鳴り止まないと思う」

「つまり、これが一番ベストなんです。だから、その原因を作った裕也くんが後ろを見なきゃいいだけです!」

「あ、あはは……うん、そうだよね。ユーヤお兄ちゃん頑張ってね?」


 何とか裕也をフォローしようとしていたアイリは、ユナの気迫に負けてしまう。そのことを謝罪するように、ユナから見えないように手を垂直に立てていた。

 しかし、裕也からすればアイリのフォローの失敗などはどうでもよく、なんでこんなことになってしまったのか、それが一番に気になっていた。


 ――つか、誰が原因だ、ボケ!


 そして、この状況を望んでいなかったのに、原因扱いされたことに憤りを感じ、自然とユナを見る目が鋭くなってしまっていた。

 ユナもその視線に気が付いたらしく、ハッとした表情となる。が、状況的に退けないらしく、弱々しく裕也を睨みつけ返す。


 ――いい度胸だ。


 裕也はその視線が自分にケンカを売りに来たと解釈。そのケンカを買うために、


「アイリ、ちょっと休憩な。いや、さっきから休憩してるけど、ユナと()()()()()で話したいことがあるから、ちょっとの間待っててくれ」


 満面の笑みを浮かべて、アイリに指示した。いや、指示ではなく命令に近いものとなっていたため、


「う、うん! そうだね! 休憩しようか、ボクは大人しく待ってるよ!」


 アイリは食いつくこともなく、あっさりと了承し、入口付近へ逃げるように走って行った。

 裕也はそれを視界の端で見た後、目の前で引きつった顔をしているユナに近づき、


「さぁ、ユナ。お前はこっちな?」


 そう言って通り過ぎ、アイリが逃げて行った方向とは正反対の位置へ向かって歩く。

 さすがのユナも観念したのか、「はい」と小声で返事。裕也の後をトボトボと落ち込んだ様子で付いて歩く。

 そして、その位置に辿りついたところで、裕也はユナに向かって振り返る。


「お前までオレの魅惑能力にかかってどうするんだよ」


 そして、改めてこう質問した。

 ユナは叱られるとばかり思っていたのか、「へ?」と間抜け面をした後、絶叫を上げようと口を開ける。

 が、その絶叫を上げさせないために裕也は即座にユナの口に手を押し当てた。しかし、その声は多少緩和されたものの、効果としては今一つ。


「うるっせーな!」

「ふ、ふみまへん」


 落ち着いたところで裕也は口から手を離し、自分のズボンで手を拭く。


「わ、私……魅惑能力にかかってます?」

「かかってる」

「どこら辺ですか?」

「それが分かってない時点でかかってるようなものだろ?」

「……詳しく教えてくださいよ!」

「分かった分かった。つか、魅惑能力を持ってることを教えてくれたのはユナだろ? だったら、あんな風にギャラリーが大勢来るのは当たり前じゃないかよ」

「……確かに。言われてみれば……」

「なのに、なんで嫉妬してるんだよ?」

「…………そう言えば……」

「いい加減、正気に戻れ。真面目に面倒なんだから」


 裕也は疲れたことを示すように頭をガシガシと掻いた後、その手の甲でコツンとユナの頭を叩く。

 「いたっ」と小さく声を漏らし、ユナは叩かれた箇所を擦りながら、申し訳なさそうに視線を左へと逸らしつつ、「んー」と唸り始める。


「なんだよ?」

「いや、私としてはその自覚がなかったので……改めて考えると、すごい能力だなーって思いまして……」

「はいはい。どうにかして、その魅惑能力から逃げられる手段を探しとけよ。それが、これからのユナの宿題な」

「……はい、頑張ります。っていうより、その能力の威力、上がってませんか?」

「そんなことオレが知るわけないだろ」

「……ですよねー。うーん、どうしようかな……」

「もう良いから、訓練戻るぞー。もしかしたら、魔力制御でなんとなくかもしれないんだし……」


 ユナを見た限り、現時点では上手くいかないことは分かった裕也はそう言って、元居た場所へ向かって歩き始める。

 ユナもちょっとだけ困った様子で、裕也の後をゆっくりと、どんどん遅れるスピードで歩いて行く。

 こちらを見ていたアイリも二人の会話が終わったことに気付き、三人が元居た位置へ歩いて向かってくる途中で、訓練所のドアが開けられる。そして、開けられた瞬間に外では全員の注目を集めるべく、パンパン! と手を叩く音が三人の耳に入り、そちらへと意識が向けられる。


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