(12)
「お、王女様……!? な、なんでッ!?」
裕也とユナが固まっている中、アイリが驚いた声を上げ、ユナの膝から立ち上がる。そして、慌てた様子でアイリの元へ近寄る。
この状況を作ったアイナは、
「こんばんは。三人が入っているのが分かったので、思わず来ちゃいました」
なんてのんきそうに挨拶をし、近寄って来たアイリの頭を撫でる。
しかも、それ以降誰も入ってくるような気配は一切なく、独断でやってきたような感じだった。
「そ、そんなので来てもいいの? だ、だって王女様なんだよ? ご、護衛さんたちはいないの?」
さすがのアイリも心配になったのか、頭を撫でられているにも関わらず、困ったような表情を浮かべている。
「大丈夫だと思いますよ? 表にはセインが立っていますし、ちょっと遅れますけど、もう一人来ますから」
「もう一人? セイン以上に強い人がいるの?」
「強いというより治療ですね。話しながらでもいいので、身体を洗ってもいいですか?」
これより先には進ませない。そう言わんばかりにアイナの前に立っているアイリにそう言いながら、横にずれる様にして歩き始める。
「あ、ごめんなさい。そんなつもりはなかったんだよ? って、ボクが洗ってあげる!」
通り過ぎたアイナの後ろを急いで付いて歩き、そう言うアイリ。
それにつられるようにユナがバシャッ! と勢いよく立ち上がり、
「わ、私も手伝います!」
そんなことを言いながら、二人の後を追いかけ始める。
――な、なん……なんだと……ッ!?
この不思議な状況を確認出来る唯一の相手であるユナまでもが、アイナの元へ行ってしまったため、裕也はこの状況が飲み込めず、一時的に頭が混乱してしまっていた。そんな中、聞こえる女子トークに裕也は耳を澄ませることしか出来なかった。
「王女様の肌、本当に綺麗ですねー。きめ細かいというか……」
タオルを脱いだであろうアイナへそう言うアイナの声。
「そうですか? 私にはよく分からないんですけど……」
「そうですよ! どうやったら、こんなきれいな肌になるんですか? あ、スポンジで大丈夫ですか?」
「はい、スポンジで大丈夫です。肌に関してはこの浴場にあるボディソープしか使ってないんですよ? なので、ユナさんもこのボディソープを使えば、私の肌みたいになると思います」
「そ、そうなんですか!? んー、買おうかなー……。いくらします?」
「あっ、無料で差し上げますよ?」
「本当ですか? あっ、腕から洗いますね!」
「じゃあ、ボクはこっちの腕洗うね!」
こうしてアイナの身体をゴシゴシと洗い始める二人。
裕也は思わず耳を押さえる。
それは身体をゴシゴシと洗う音が、静かな大浴場内で反響し、アイナの身体を洗う想像を駆り立ててしまうせいだった。ユナとアイリの場合も同じような状況であったが、その時は身体の部位の名前が出なかったため、なんとかなっただけだったのだ。
「今度はどこを洗えばいいの?」
そんな裕也の気持ちを知らないアイリは、アイナにそう尋ねる。
「それでは……アイリは前を、ユナさんは背中をお願い出来ますか? さすがに知り合いでもない方に前は……」
そう恥ずかしそうな声で言うアイナ。
その声が押さえた耳の隙間から入ってくる声から、アイナが恥ずかしそうな仕草、表情がなんとなく想像出来た裕也は小さく「あー」と声を漏らした。その想像を必死に頭の中から消えさせるために。
しかし、その想像は簡単に消えることはなく、むしろ意識してしまうことで必然的にイメージが加速してしまっていた。
その時、肩をトントンと叩かれる感触に気付き、そちらへ振り向くと、
「やぁ、ユーヤくん。妄想が楽しいみたいだね!」
先生が背後に立っており、その驚きから止まってしまった「あー」という声の隙間を縫うように、その言葉が裕也へとぶつけられる。
「うぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
が、一瞬遅れた驚きの反応のせいで、先生の言葉に反応すること出来ず、裕也は奥へ飛び込む。そして立つ盛大な水音。
その水音に反応するようにユナ、アイリ、アイナが裕也の方へ顔を向ける。そして、呆れた様子で、
「ユーヤお兄ちゃん、お風呂場で遊んじゃダメだよ?」
と、先ほど裕也がアイリへ言ったことをそのまま返されてしまう。
「遊んでねーよ! 先生がいきなり後ろに現れたから、驚いたんだよ! っていうか、なんでいるんですか!?」
先生が大浴場に来た理由が分からず、指を差しながら問うと、
「何を言ってるんだ? 王女様から説明があったはずだろう?」
やれやれ感を隠す様子すらなく、もうすぐ身体が洗い終わるアイナの元へ歩き始める。
――この人かよ! 王女様が呼んだのはッ!
誰かを呼んでいたことは分かっていたのだが、先生だと思っても見なかった裕也は未だバクバクと鳴っている心臓の動機を押さえるように胸に手を置く。そして、ゆっくりと深呼吸をして、元の位置へ向かう。
「来てくださってありがとうございます、ミゼル先生」
アイナは身体に付いた泡をユナによって洗い流してもらっている最中だったためか、頭を少しだけ動かし、先生ことミゼルにそうお礼を述べた。
が、そのお礼に焦る様子一つ見せず、
「いえいえ、王女様の頼みですからね。自分はいくらでも付き添います」
同じように頭を少しだけ下げる。そして、隣に座り、置いてあるスポンジにボディソープを付け、身体を洗い始めた。
「しかし、自分だけが護衛の一緒にお風呂で良かったんですか?」
「え? それは大丈夫だと思いますよ」
「それはどういう意味ですか?」
「私の命を守ってくれた二人――ユーヤさんとアイリがいますから」
「……え?」
「あれ? 最後まで聞いてないのですか?」
「最後も何も聞いてないですね。忙しかったってのもありますが、必要最低限の『この城にしばらく軟禁する人間に何か聞かれたら、知っていることを話してやれ』としか言われていませんから。聞き逃しただけかもしれませんが……」
「そうなんですか? んー、情報は最後まで伝えて欲しいものですね。じゃあ、説明しますね」
アイナはそのことがとても嬉しいらしく、テンション高めの声であの時の状況を事細かに、手振りまで使って説明をし始める。
ミゼルは身体を洗いながらだったが、人間がエルフのためにそこまでしてくれると思っていなかったのか、意外そうに驚いた表情をしながら聞いていた。
その話にユナとアイリは嬉しそうに聞いていたが、裕也に至っては、
――なんか面倒くさい展開になるような気がする。
この後の展開がなんとなく想像出来、憂鬱に思ってしまうのだった。




