(10)
その日の夜。
裕也たちはお城に備え付けられている大浴場へ赴いていた。
一応、裕也たちにあてがわられた部屋にはシャワールームが完備されているものの、日本人としてお湯に浸かることが好きな裕也にとって、この場所は今日という一日の疲れを癒すためには必須だった。
「――疲れを癒すには温泉なんだけど……なんでこうなるのかなー……」
すでに身体を洗い終わっている裕也は顔をバシャバシャと水をかけた後、そう呟く。そして、顔を少しだけ右に向け、背後にいる人物――ユナとアイリを見た。
ユナはすでに身体を洗い終わっており、今度はアイナの身体を洗っている。
「くすぐったいよー」
「我慢してください。ちゃんと洗わないといけないんですから!」
「はーい」
二人はまるで仲の良い姉妹かのようにはしゃいでいた。
さすがにその様子をジッと見ているわけにもいかない裕也は、顔を正面に戻して、鼻から下をお湯に浸けるようにしてブクブクと泡を作った。そして、今日一日で集めた情報を脳内で整理し始める、
今日一日で集まった情報のほとんどが裕也の想像通り、アベル関連が一番多くを占めていた。それは先生が言っていた口癖のせいから、そう思っている人物が多かったせいだった。
――もうちょっと実りのある情報が欲しかったんだけどなー。
その情報の多さに、裕也はついそう思ってしまった。いや、そう思わないと変な風に犯人への固定概念が付いてしまいそうで怖くなってしまったのである。それだけ、アベルの行動がおかしいことを示しているという証拠だった。
「ひゃっほー!」
そんなことをぼんやりと考え居ている裕也の背後から元気なアイリの声が、大浴場内で反響。間髪入れずに勢い良く浴槽へ飛び入る。
「な、なん――うぷっ!」
いきなり裕也の耳に入ってきた大声に驚きの声を上げるも、アイリが飛び込んだ影響で生まれた波が裕也の顔面を襲いかかる。完全に不意打ちでの波だったため、裕也はその波の直撃を受け、慌てて立ち上がり、浴外でゲホゲホ! とむせた。
「大丈夫ですか?」
ユナはタオルを身体に素早く巻き付け、少しだけ早足で近付く。そして、しゃがみ込んで、むせている裕也の背中をゆっくりと擦り始める。
ここまでの被害が出ると考えてもいなかったらしく、
「ご、ごめんなさい……」
ユナと同じように近づき、申し訳なさそうに裕也の顔を覗き込むアイリ。
一通りむせた裕也は肩で息をしながら、覗き込んでいるアイリの視界の外からパシン! と頭を平手打ちした。
「いたっ! な、何するのさ!」
「飛び込むなっての。オレはオレなりに色々と考え事してたんだからさ」
「ごめんなさーい。それで何を考えてたの?」
あまり反省していない様子でアイリは裕也へと尋ねる。尋ねながら、浴槽の一段下の段差に座ろうとするも、アイリの身長からすれば深すぎたせい座れず、立ったままになってしまう。
それを見ていたユナがアイリに向かって、手招きし、その段差に座る。
その行動からユナの意図が分かったアイリは、裕也の目の前をジャブジャブと歩いて行き、ユナが作った膝のスペースの上に座った、
二人の一連の行動が終わったことを確認した後、
「今日一日で得ることの出来た情報を頭の中で思い返してたんだよ」
と、浴槽の縁に両腕を置きながら、二人にそう話す。
「頑張った割には、あまり良い情報は得ることは出来ませんでしたけどね」
ユナはもうちょっとだけ良い情報を得ることが出来ると期待していたのか、肩透かしを食らったように、残念そうに呟く。
「とは言ってもしょうがないだろ? 今回は主に聞いたのは『怪しい人物』と『アベルさんのこと』なんだからさ」
「もうちょっとドス黒い人間関係を期待してんですよー?」
「それが温厚と言われるエルフの特徴なんだろうぜ。アベルさんがエルフの中では特別なだけで」
「そうかもしれないですけどー……」
それでも納得がいかないらしく、拗ねたように頬を膨らませてしまうユナ。
「でも、ユナお姉ちゃんの気持ちは少しだけ分かるような気がするかも……」
アイリもまた苦笑いを溢し、そう漏らす。
が、ユナとは違い、こちらは少しだけ不安そうな表情をしていた。
「ん? どういうことだ?」
「聞いた人たち全員に質問したでしょ? 『怪しい人は誰ですか?』って聞いて、名前があがるのがアベルさんなんだよー? そんなのおかしいって感じるのはボクだけ?」
「オレも感じるよ」
「本当?」
「こんなことでウソを吐くわけないだろ? 意図的過ぎるって。オレたちの知らない所で何か変な陰謀が渦巻いてるような……。それにオレたちは偶然、巻き込まれてしまって、都合よく踊らされてる。そんな気さえしてる」
あっさりとそう言った裕也に、
「そこまで考えてて、それでも真犯人探しをするんですか? 王女様に言ったら、助けてくれるような気がしますけど!」
拗ねるから怒りへとシフト転換した様子で、ユナは不満を露わにした。
「うん、たぶん……なんとかしてくれるんじゃないかな?」
ユナの不満をアイナのことを一番知っているアイリが頷く。
「――けど、ボクたちだけじゃ犯人なんて捕まえることなんて出来ないよ。ううん、下手をすれば王女様を見殺しにする結果になっちゃう」
そして、裕也がユナに言おうとした言葉をアイリが付け加える。
「あう……、それもそうですよね……」
そのことはきっとユナも分かっていたらしく、改めてがっくりとした様子で納得し、名案を求めるように裕也を見つめる。
同じようにアイリも裕也に視線を送っていた。
「はっきり言っておくけど、現在の状況で打つ手なんて全くないからな。あるのは……本人にこのことを確認しに行くことだけだぞ。また、変な言いがかりをつけられることは間違いないけど……」
裕也が考える現在出来る唯一の手段を言うと、
「そうなりますよね、やっぱり……」
ユナは嫌そうな表情を浮かべて、盛大なため息を吐き、
「あーあー、やだなー。でも、聞かないといけないしー……。うぅー……」
アイリは昨日のことを思い出したのか、ちょっとだけ涙目になりつつ、葛藤していた。
そんな情緒不安定になったアイリを宥めようとしているのか、それとも自分の気持ちを落ち着かせるためなのか、ユナはアイリを後ろからギュッと抱き締める。




