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(8)

 裕也はアベルの名を聞き、何とも言えない気持ちになり、頭をガシガシと掻いた。


 ――やっぱり、その人の名前が出てくるか……。


 いつかは出てくるであろう名前だと分かっていた裕也にとって、アベルという名は驚くに値するものではなかった。

 それはユナも同じだったらしく、驚くのではなく、その人物の不満を露わにしていた。


「野暮な質問をするけど、驚かないのかい?」


 机に肘をつき、頬杖する形で裕也へそう尋ねる先生。


「驚く必要がありますか? 話は聞いてるんでしょ?」


 その質問に対し、呆れた様子で裕也が答えると、


「もちろんだとも。けど、アベルの名前を出されて驚かないのは、アベルを疑っている証拠。違うかい?」


 「正解」と言うのではなく、指をパチンと鳴らし、さらに嫌味っぽい質問を返されてしまう。


「そうですよ。いや、疑ってはないです。正確に言うと、エルフにしては穏やかではなかったから、いつかは名前が出る。そんな気はしてました」

「なるほどねー。読みは正しいね。確かにアベルは、エルフの中じゃタカ派だからね。『やられる前にやる』。それが昔から言っていたあいつの口癖だからね」

「『言っていた口癖』? 知り合いか何かですか?」

「……口を滑らせたか。あまり言いたくなかったんだけどなー。私怨があるように思われるのも面倒だし……」


 出過ぎた発言をしてしまったことに後悔した様子でため息を吐き、裕也たちを見つめた。が、すぐにまたため息を吐き、仕方がないという様子で続きを話し始める。


「アベルとは同級生なんだよ。幼馴染……そう言っても過言じゃないかもね。お互い認めないだろうけど……」

「同級生!?」


 苦笑を漏らす先生に対し、裕也は過剰とも呼べる反応で驚きの声を上げた。

 裕也だけではなく、ユナも自分の口を両手で押さえるようにして目を見開き、アイリもまた「ウソッ!?」と裕也ほどではないが驚いた反応をしていた。


「そんなに驚くこと?」


 アベルの名前を出されたことよりも、そっちのことに驚いている裕也たちに先生も驚いているようだった。

 が、裕也たちにはそれだけ驚く理由があった。


「だ、だって……容姿が違い過ぎるじゃないですかッ!」


 そう裕也が先生の身体を指差すと、


「え? 容姿?」


 と、自分の腕を広げて、左右を確認し始める。

 それほど二人の容姿は完全に正反対だったのだ。

 アベルは重役と共に年齢にふさわしい年老いた姿をしているのだが、先生の見た目は若い容姿をしている。

 そのせいで裕也たちは二人が同級生とは思っても見なかったのだ。

 先生もそのことに気が付いたのだろう、


「あー、これはね。変身魔法のせいだね」


 と、裕也たちの疑問に対して、あっさりと答えた。


「ま、魔法?」


 裕也はそう確かめるように繰り返すと、


「あ、そっかぁ! それなら納得だね!」


 アイリが口を挟み、一人で納得し始める。

 ユナもアイリと同じく納得したらしく、


「どちらが変身魔法を使ってるんですか?」


 と、先生に尋ねる。


「それ聞いちゃう? 自分としては聞かないで欲しかったんだけどなー」


 ユナの質問に歯切れが悪くなりつつも、


「二人とも、だよ。変身魔法を使っているのは」


 迷うことなくあっさりと答えた。


「ふ、二人とも使ってるんですか!?」


 片方だけが変身魔法を使っていると思っていたユナは、素っ頓狂な声を上げた。


「え? なんで二人とも変身魔法を使ってるの?」


 下唇に指を置き、アイリはしばらくその理由について考えながら、そう先生に尋ねる。


「見た目の問題は結構大事だと思わないかい? 重役なら重役にふさわしい容姿、救護の先生なら救護の先生らしい若い見た目。そういう理由さ。まぁ、それが詐欺と言われれば詐欺になるんだろうけどさ」

「そんなに大事かなー? ボクとしてはどんな容姿でも気にしないんだけど……」

「アイリだって大人になれば分かるさ。とにかく、このことは他言無用で頼むよ? 一種の詐欺みたいになるからね。あっ、容姿だけでなく、アベルとの仲のこともね。色々と面倒だからさ」

「はーい」


 アイリは元気よく手を上げながら了承。

 先生の視線はアイリだけでなく、裕也とユナにも向けられる。


「分かりました」

「はい、誰にも言いません」


 と、裕也とユナもそのことを秘密にすることを素直に了承した。

 しかし、裕也にとって先生とアベルが幼馴染であること、二人とも魔法を使って容姿をかえていることなど、どうでもよかった。一番、大事なのは他にあるからだ。


「あの……いいですか?」

「なんだい?」

「アベルさんがタカ派なのは分かりました。その上で尋ねます。王女様を殺そうと、アベルさんが考えると思いますか?」


 幼馴染である先生にこのことを尋ねることは酷だと分かっていたが、このことが一番大事であるため、裕也は迷った様子を見せずに尋ねた。

 先生の方はその質問を受けて、驚く表情も反応すら見せることなく、「うーん」と唸りながら考え始める。まるで、この質問をされることが分かっていたかのような反応だった。


「悪いね。幼馴染だから庇うとか、そういうのを無しにしても自分には分からないよ」


 しばらく考えた後、両手を上にあげながら、申し訳なさそうに答えた。


「どうしてですか?」

「人は変わるものだろう? だからさ。自分たち自身、『お互いに接点があるか?』と聞かれれば、そんなにないんだ。昇格云々や連絡事項云々でお互いの近況を知ることはあってもさ。もし、自分が知っているままの考えの持ち主なら、王女様を暗殺することぐらいするだろうね。『エルフという種族を舐められたくない』っていう気持ちが変わっていないままならさ。それはユーヤくん自身が王女様と話して分かっているんだろう?」

「……まぁ、それなりに」


 アイナは優しすぎる性格であることが分かっている裕也にとって、アベルの気持ちが分からないわけではなかった。

 もし、自分がアベルと同じ考えを持ち、同じ立場ならばどう考えるか? と考えた時に導き出されることが『自分が王になる』ということだったからだ。それが一番手っ取り早く、アベルの考える『エルフを強くする』に繋がるのだから。


 ――もし、これが本当ならアベルさんのしてることは革命になるのか。


 種族間戦争の前に起きようとしているエルフにとって大問題になる出来事に、裕也は身体を震わせた。

 それだけ、裕也が考える以上に事態は切迫していたからだった。


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