(7)
裕也はアイリの年齢に目を丸くしながら、
「マジで?」
と、引きつった声でそう尋ね返すと、
「なんでウソ吐くの? 先生じゃないんだから、こんなことでウソ吐かないよー」
地味に先生にケンカを売りつつも、ちょっとだけ拗ねように頬を膨らませた。
裕也は手招きでユナを呼ぶ。
その手招きに招かれ、ユナは裕也へ近付く。
近付いて来た瞬間、ユナの肩に手をまわして、
「おい、どうなってんだよ、これ!」
と、アイリと先生に背中を向けるようにして小声で聞いた。
「し、知りませんよ! 私だってアイリちゃん――アイリさんが年上だって初めて知ったんですから!」
「どんだけ、オレたちは礼儀がなってないんだよ! つか、そういうのはユナが一番知っておかなきゃいけないだろッ!」
「そ、そんなこと言われてもしょうがないじゃないですか! 私だって最低限の知識しか教えてもらってないんですから!」
「今さらどうやって接すればいいのか分からない――」
「あの……ユーヤお兄ちゃん、ユナお姉ちゃん?」
申し訳なさそうにアイリの声が二人の耳に届く。
二人はその声に惹かれるように、顔だけを内側に向けるようにして、アイリを見つめる。
「ど、どうした?」
「な、なんですか?」
二人からのぎこちない問いに対し、アイリは苦笑しつつ、
「また言うようで悪いんだけどね、二人の会話、筒抜けてるから」
再びエルフの特徴のせいで会話が丸聞こえであることを知らされる。
裕也は「あっ!」と、ユナは「そうでした!」と思い出し、それを確認するように先生の方を見る。
先生は腕を組み、少しだけ呆れた目で見ながら首を縦に振った。
「えっとね、二人に先に言っておくけど、ボクとの接し方は今まで通りでいいからね?」
この空気を打開するべく空笑いをしている裕也とユナに対し、アイリは少しだけ寂しそうに二人にそう言った。
「いいんです……いや、いいのか?」
そう聞き返したのは裕也。
見た目は子供なのだが、年齢的には年上であるアイリへ敬語を使ってしまいそうなのには、学校での習慣のせいだった。
「うん! だって、ボクたちエルフからすれば、ボクはまだ子供なんだもん。『人間』でいう年……ねん……じょ……なんだっけ?」
何か難しいことを言おうとしたが、その言葉が思い出せないらしく、先生をチラ見すると、
「年更序列って言いたいのか? それ、また意味違うから。無理に難しい言葉を使おうとするな」
「はぁ」と面倒だと言わんばかりのため息を溢し、そう注意した。
「はーい。とにかくボクたちはユーヤお兄ちゃんたちからすれば、見た目から判断すればいいからさ。だから、年上だから礼儀良くなんてしなくていいよ。いきなりそうされると寂しいから。そ、それに! ぼ、ボクたちは友達でしょ? だ、だから……」
改めてそうアイリに言われて、裕也とユナは今まで変な風に気を使おうとしてしまっていたことを恥じた。
アイリの言う通り、もう友達だからだ。
友達がいきなりよそよそしくなり、礼儀正しくなると自分が除け者扱いされたように感じてしまう。そのせいで余計に溝が出来てしまうのは自然の摂理。だからこそ、裕也とユナは、
「悪い、アイリ。いつも通りに接する。だから、今のは忘れてくれ」
「ごめんね、アイリちゃん。ちょっと驚き過ぎて動揺してました。裕也くんの言う通り、今のは忘れてください」
そう謝った。
ユナに至っては、裕也のまわしている腕から抜け出し、視線を合わせるようにして、しゃがんでからの謝罪。謝罪した後は、アイリを慰めるように優しく抱きしめた。
「う、うん! わ、分かってくれたらいいんだ! ボクの方こそ、先に言っておけばよかったよね。ごめんなさい!」
と、なぜかアイリまで謝り出してくる始末。
「だ、大丈夫だって! アイリは悪くないから謝るなよ。今の悪いのはオレたちだって!」
「そ、そうですよ! だから、アイリちゃんは謝らないでください!」
二人してそう言うも、
「だ、だって……」
アイリはそう口を濁らせる。
それだけ何か思うことがあったのか、と裕也は少しだけ先ほどの対応について困っていると、
「はいはい。もう止めな。お互いに悪かった。これが今の問題の一つなんだ。これ以上、謝り合うのも心の傷を深めるだけだから終わり。いいね?」
パンパン! と二回拍手して、三人の会話に先生の言葉が割り込んでくる。
――ああ、こういうのも問題の一つになるのか……。
種族間の問題の原因になり得る今のやりとりに、裕也は先生の言葉に共感することが出来た。そして、言われた通りだと思ったからこそ、
「もう謝るのはなしだな。いいな、二人とも」
と、二人にそう促す。
二人とも裕也と同じく先生の言葉に思い当たる節があったらしく、コクッと頷く。
それを確認した後、
「ありがとうございました。助かりました」
裕也は先生に向かって、お礼を述べた。
「どういたしまして。っていうか、聞くこっちの耳が痛くなっただけさ。ユーヤくんたちのためにやったわけじゃないから安心しな」
あくまで自分のためにやったというスタンスを取り、「くっくっく」と楽しそうな笑いを溢す。そして、「そういや……」と何かを思い出したように、
「アイリ、自分に何か聞こうとしていなかったか?」
と、アイリへ尋ねた。
先ほどのやり取りでそのことをすっかり忘れていたのか、「あっ」と声を漏らし、
「先生にこのお城内で怪しい人がいないか、聞こうと思ったんだ。ユーヤお兄ちゃん、どう思う?」
ユナから肩から顔を出すようにして、裕也を見た。
「いいんじゃないか? オレは誰に聞いていいのか分からない状態だし……」
「それなら大丈夫。だって、先生はこの職に就いて長いし、下手すれば一番、このお城で一番詳しいかもしれないよ!」
「そうなんですか?」
アイリの言葉の真偽を確かめるように、先生に尋ねると、
「そうでもないと思うけどなー。この職に就いてから長いのは事実だけどさ。とにかく、ユーヤくんたちに話を聞かれたら、答えるように王女様からのお達しだから答えざるを得ないね」
『王女様からのお達しだから』というスタンスからか、しぶしぶ言うような表情を見せるも、この状況を楽しんでいるらしく、声はウキウキしたもので答える。
「それで怪しい人を言えばいいんだろ?」
「まぁ、先生が言ったところで確定は出来ませんけど」
「そりゃそうだ。だから、あくまで自分主観で言うけど、それはあいつだよ。重役の一人のアベル。あいつに限る」
と、自分たちを犯人に仕立て上げようとした最有力候補の名前が、先生の口から発された。




