(5)
「んでさ、ここはどこなんだ?」
裕也は再び周囲を確認しながら、ユナにそう尋ねると、
「救護室です。原因は分かっていたので部屋でも良かったんですが、一番近かったのでここに連れてきたんですよ」
ユナは立ち上がり、裕也から見える目の前のカーテンを開ける。
カーテンの外側には、学校の保健室で見るような資料が置いてあるガラスケースの棚、机が置かれてあった。ただ、ここの先生は大雑把らしく、机の上が資料でぐちゃぐちゃになっていたが……。
「なるほどな。サンキュー、二人とも」
「いえいえ、これぐらい大したことないですよ。ねっ、アイリちゃん」
そう言って、アイリの方を見ると、
「うん。原因は分かってるから、あそこで寝かせておくより良いかなって思ったぐらいだからね」
と、「えへへ」と笑みを溢す。
「んで、今何時?」
「ちょっと待ってくださいね」
ユナはベッドの外に顔を出すと、
「もうすぐ七時ですね。一時間半ぐらい寝ていたことになります」
「先読みすんなよ」
「さすがにこの状況で分からない方がおかしいですよ」
「それもそうか」
ユナの言葉に頷き、ゆっくりと立ち上がる。
五時頃に起こされた時は眠気のせいでままならかった体調も、元の世界でいつも起きる時間だったためか、すっきりしていた。だからこそ、今度こそベッドから降りる。
二度目の行動のためか、ユナとアイリは制止の言葉は言わず、
「あっ、裕也くんをここに運んだ後にまたアイリちゃんと話し合ったんですけど――」
その代わり、ユナがそう言ってきた。
「ん、何を?」
それが何を指し示しているのか分からない裕也はベッドから完全に降り、背伸びをしながら問い返す。
「訓練時間のことです」
「ああ、ずらしてくれるのか?」
「いえ、ずらさないことにしました」
「え、マジで? いや、なんで?」
「今日みたいに倒れるかもしれないという不安があるからですよ。だから、あえて早めにして後で寝直してもらうことにします」
「んー、それで大丈夫か?」
それについて、今度はアイリが説明をし始める。
「うん、大丈夫だよ。初めての割には良い線まで言ってたし、ちょっとだけ眠気があった方が身体の力を抜くにはちょうどいいと思ったんだよ。だから、その状態にあえてしてしようかなって。時間もないから、なるべく効率良くしたいでしょ?」
「理に適ってるといえば適ってるか……。まぁ、そこは二人に任せるとするか。オレには分からないことだし」
「うんうん、それが一番だよ!」
どのことに対して『一番』と言っているのか裕也には分からなかったが、納得しているようなので、それでいいやっと思っていると、
「ちなみに倒れなくなったら時間はずらす予定です。裕也くんが希望していた七時頃からで」
と、ユナが補足した。
「オッケー、分かった。じゃあ、その方向で行こう。……って、ちょっと待て。今の今まで一番大事なことを聞くの忘れてた」
「大事なこと……ですか?」
裕也の言う『大事なこと』の分からないユナは首を傾げながら、アイリを見るも、
「何?」
と、アイリも同じように首を傾げる。
それもそのはずだった。今から裕也が質問することは今までの会話の流れを全部切るものだったからだ。
「オレ、昨日確かに王女様に『訓練場を使わせてくれ』って頼んだけど、なんでもう許可が出てるんだ? いや、許可は出てたけど、オレが帰った時は二人とも寝てたよな? 五時から訓練出来るなんておかしくないか?」
裕也が二人に聞きたいことはこれだった。
その質問に対して、二人はきょとんとした後、クスクスと笑いを溢し始める。裕也からすれば真面目な質問なのだが、二人からすればたいした質問ではなかったことを現すかのように。
「あれ、持って来てる?」
アイリがユナに『あれ』について尋ねると、
「さすがに部屋に置いたままですよ。邪魔になりますから」
首を横に軽く振りながら、そう言って裕也へ向き直る。
「部屋に手紙が置いてあったんですよ。あの訓練場の使用許可が書いてある手紙が。だから、なるべく急いだ方がいいかなって思ったので、あんな時間から訓練をしたんです」
「……そういうこと。納得がいった。疑問に思ったことがバカらしくなるぐらい、たいしたことなかった」
先ほどの二人の反応さえも納得がいった裕也は、少し大袈裟に尋ねてしまったことを後悔しながら、ベッドに座る。
「さて、問題はこれからだな。どうする? 訓練してもいいし、聞き込みの方をしてもいいし」
気分的には訓練よりも聞き込みの方をしたい気分になっていた裕也だったが、あえて二人にその質問をした。
それはどちらにしても二人の協力が必須だと感じたからである。
「んー、私は裕也くんの意見に合わせますよ? どっちにしても裕也くんが行動を起こさないことには出来ませんし」
と、あくまでユナは裕也の意見を尊重する姿勢を取るらしく、そう答えた。
「ボクもユーヤお兄ちゃんの意見に合わせるつもりだけど、アドバイスさせてもらうなら、訓練するのは、今は止めておいた方がいいと思う」
反対にアイリは何か思うことがあるらしく、訓練することに対して否定的な答えを述べた。
「その理由は?」
「倒れたばかりだから、かな? それに焦って訓練したとしても、良い結果が出ると思えないし」
「まぁ、一理あるな」
「それに訓練やりたいなら、ぶっ続けでするよりも時間を空けてした方が精神的にも良いと思うんだ。例えば、お昼ご飯を食べた後からとか……」
「オッケー、分かった」
こうして次の三人の意見は自然とまとまった形となり、
「聞き込みをしよう。訓練も大事だけど、一番はこっちの方が大事なのも事実だしな」
裕也がそう言うと、
「はい、分かりました!」
「うん、そうしよう!」
と、二人から元気な返事が返される。




