(4)
「んー……」
裕也は二、三度瞬きをすると、ゆっくりと目を開ける。そして、ゆっくりと身体を起こし、寝ていたせいか硬直していた身体をほぐすために、大きく身体を伸ばした。
「あれ? ここ、どこだ?」
裕也は周囲をぼんやりと見回すと、現在いる部屋は一度も見たことがない部屋であり、なんでこの部屋にいるのか分からなかった。それは周囲を真っ白いカーテンで隠されているからだった。が、間違いなく、自室として用意された部屋でないことは間違いなかった。
そして、視界に入ったのはイスに座り、ベッドに伏せるようにして寝ているユナとアイリ。
二人は完全に寝てしまっているらしく、二人して気持ちよさそうな寝息を立てていた。
「…………なんで、こいつらも寝てるんだよ。まぁ、いいや。とにかく起きるか」
二人を起こさないようにベッドから降りようとすると、
「ふぁ……裕也くん?」
ユナもまたぼんやりとした表情で伏せていた身体を起こす。そして、ゴシゴシとまだ眠そうな目を擦っていたのも束の間、
「裕也くん、目が覚めました!?」
と、飛び上がるようにして立ち上がる。そして、座っていたイスはその勢いに負けて、ガタン! と盛大な音を立てて倒してしまう。
「うおっ! な、なんだよ? あ、アイリが起きる――」
「ふぇー? なになに……どうした――あっ、起きたの!?」
と、注意しようとしていたアイリまでもがイスから勢いよく立つ。こちらはそこまで勢いがなかったらしく、イスが音を立てただけだった。
「な、なんだよ、二人し――」
「大丈夫なんですか? どこかおかしなところはありませんか?」
「本当に大丈夫なの!? 痛い所とかない!?」
「体調を崩したばかりなんですから、もうちょっとだけ寝ててください!」
「そうだよ! 安静にしてないとダメだよ!」
二人は裕也の疑問を遮るように、ベッドから降りようとしていた裕也の手を掴む。
アイリは逆に回り込み、裕也の身体を押して、無理矢理寝かせようとしていた。
何が何だか全く分からない裕也は戸惑いながらも、されるがままベッドに戻ることにした。それは、現状のままでは二人から落ち着いて話が聞けないと判断したからだった。
そして、ベッドに寝かされ、二人が安堵したことを確認した後、
「なぁ、いったい何をそんなに心配してるんだ?」
と、二人に尋ねると、二人は顔を見合わせて、
「覚えてないんですか?」
「覚えてないの?」
逆に聞き返されてしまう。
裕也はそれに対して、一度だけ考え込むが、やっぱり思い出すことは出来なかったため、首を縦に振り、分からないことを伝えた。
「一時的な記憶喪失……?」
と、アイリがユナに尋ねると、
「違うと思います。これはどちらかと言うとド忘れの方ですね。気絶からの睡眠のせいで、脳がリフレッシュしてるんじゃないですか?」
裕也の顔を見ながら、少しだけ安堵したような表情のまま呆れた口調でそう答えた。
アイリはユナの説明に納得したらしく、「そっかー」と呟いた後、
「ユーヤお兄ちゃんは慣れない魔力の放出のせいで倒れちゃったんだよ。訓練場で訓練したの、覚えてない?」
そう言われたことで、その時のことを一気に思い出す。
「あーっ、そういやそうだったなー」
地面に周囲が壁に覆われた味気ない場所で、魔力を自分で感知出来るように訓練し、途中で身体に力が入らなくなり、倒れ込んでしまい、そのまま目の前が暗くなってしまったことを。
なんで、そのことを思い出すことが出来なかったのか分からなかったが、二人に言われるまで思い出すことが出来なかったことがばつが悪くなってしまい、誤魔化すために髪をガシガシと掻いた。
「って、なんでオレは倒れたんだ?」
その原因を知っているであろうアイリに尋ねると、
「初めての魔力の放出に身体が付いていけなかったせいだよ」
と、あっさりと答えた。
「マジかー」
「うん、大マジだよ」
「もしかして、これからもこんな風に――」
「一回体験したから大丈夫だと思うよ? 初めてする人には体験することだし、二回目からはボクが調整することが出来るから。ごめんね、最初は量の調整を失敗しちゃって。良が多いから、もうちょっと持つと思ったんだけど……」
アイリは自分の目測が失敗してしまったことにちょっとだけ反省し、頭をペコンと下げる。
別にそのことが悪いとは思わなかった裕也は、上半身だけ身体を起こして、
「心配するなよ。誰にでもあることなら、アイリは悪くないからさ。だから、遠慮せずにまた練習に付き合ってくれよ。アイリじゃないと頼めないんだから」
そうフォローした。
そのフォローだけでも嬉しかったらしく、アイリの表情はパアッと明るい物に変わり、「うん!」と元気に答えた。
「まだ一回目だけど、まだまだ先は長そうだなー。しょうがないことだけど……って、あれ?」
そこで裕也はあることを思い出した。
それは訓練が始まる前に悩んでいたことである。
漫画でよくいるチートタイプの主人公がこういう訓練をした際、大半上手くいくパターンが多い。そして、師匠と呼べる人物を驚かしてしまう。
――失敗したってことは……やっぱりオレは主人公タイプじゃないってことだよな。
それが出来なかった裕也は、自分がチート主人公ではないことを立証された瞬間だった。そのことに少しだけ安堵しつつも、少しだけ残念な気持ちが湧き上がってしまっていた。それは人間の心理の一つで、大変なことは少しでも楽をしたい、という気持ちが働いてしまっていたからだった。
「ユーヤお兄ちゃん?」
ふと、耳に入ってきたアイリの声。
「お、おう……なんだ……?」
「またぼんやりしてたけど、本当に大丈夫なの?」
「え……あぁ、本当に大丈夫だぞ。ちょっとだけ考え事だよ」
「うん。無理しちゃダメだよ?」
「分かってるって」
乗せていた手をポンポンとリズムよく動かして、アイリを安心させようと試みる。が、やはり不安らしく、明るくなりそうになかった。
そこでユナに助けを求めるべく、顔を向ける。
すると、ジト目で裕也を見つめた後、小さく息を吐き、
「大丈夫ですよ。裕也くんがぼんやりしてたのは、魔力の感知する方法について考えたみたいなので」
と、フォローを入れた。
「え? そ、そうなの?」
「そうですよ。裕也くんは一人で悩むことが大好きなので、いちいち気にしてたら身が持ちません」
「へー、心配して損しちゃったかな?」
「ぼんやりしてる時は放っておくことにしましょう。話を聞いてる最中でされたら、意識をこちらに向けさせてあげないとダメですけど」
「うん、分かった! なーんだ、心配するんじゃなかったー」
ユナの言葉を真に受けたらしく、アイリは乗せられていた手から逃げるように移動し、拗ねたように裕也を見つめた。
――こ、こいつ……!
ここまで言われると思っていなかった裕也は、軽くユナを睨み付ける。
しかし、ユナは負けじとアイリには見えないように、舌を軽く出していた。そして、「私に振るからいけないんですよー」と目がそう言っていた。
この状況で、それに突っ込むことが出来なかった裕也は負けを素直に認めて、
「はいはい、心配させて悪かったな」
と、ぶっきらぼうにアイリに謝ることしか出来なかった。




