(2)
「それでは裕也くんの指示通り、私が仕切りますのでよろしくお願いします」
ユナがぺこりと頭を下げながら言うと、
「よろしくお願いしまーす!」
なぜかアイリまで頭を下げて、元気よく答え返したため、
「はいはい、お願い……ふぁ……しますぅ」
裕也もそれにつられて言った。最初から頭を下げるつもりはなかったのだが、欠伸まで出てしまうのは予想外の出来事でなんともやる気のない挨拶になってしまう。
しかし、ユナは最初からそれを承諾して話を進めることを約束したため、気にしないで裕也に今後の方針について説明し始める。
「『魔力を使えるようにするには、魔力を感じることが出来るようにならないといけない』、って昨日言いましたよね? 覚えてますか?」
「ん。覚えてる」
「方法は色々あるんですが、手っ取り早く自分の身体で感じてもらおうと思います」
「……自分の身体……で、ねぇ……」
「どうかしましたか?」
「いや、別に?」
そう答えつつも裕也にはその方法に身に覚えがあった。あったというよりも、元の世界の漫画で読んだことがあった。自分の身体にある未知の力を呼び覚ますために、無理矢理その状態にさせて、身体を慣れさせるという手段。ハイリスクハイリターンではあるものの、ページの削減や主人公を手っ取り早く強くさせるには効率のいい手段であることは間違いない。
が、それはあくまで漫画の話である。現実と一緒にしてはいけないのだ。恵まれた環境や能力などがそれを可能にしているだけ。しかも、その中で一番大事なことは、主人公補正という作者の都合によるものだからだ。
つまり、それは当てはまらない。
そう思っていた裕也だったが、頭の中で昨日のユナの発言が思い出されてしまう。
『すでに漫画や小説の主人公みたいになってるじゃないですかー』
――……マジで、一発覚醒とかあり得るのか?
そう思った時に、裕也の頬に一筋の汗と渇いた笑みを漏らしてしまう。
主人公という存在は出来ないことをあっさりとやってのける存在であり、不可能に近い物を可能にしてしまう存在だからだ。
過去にはその主人公否定の主人公の話があったとしても、やっぱり最終的にはなんとかしてしまう。それが運命であり、必然として形成されている。
――い、いや! オレは違うはず……!
しかし、その事実を受け入れたくない裕也は全力でその思考を否定する。少なくとも、『絶対にそんなご都合的な流れ』は今まで経験がないはずだったからだ。そんな都合があれば、こんな望まない世界に来ていない。
そう考えるも、思考は勝手にそのご都合的な流れを示す記憶――牢屋からの脱出、目的であるアイナの誘惑が思い浮かばせた。
――オ、オレは……本当に選ばれた存在なのか……?
認めたくないが、認めざるを得ない事実がそこにある以上、『裕也はその自覚を持った方がいいのではないか?』と思い始めてしまっていた。むしろ、そう思った方がこの世界で過ごすにはちょうどいいのかもしれない。
「ゆ…や…ん! ゆう……ん!」
そんなことを考えていると、耳に自分を呼ぶ声が微かに聞こえ、ハッと意識を取り戻すと、視界にドアップで映るユナの顔に、
「うおっ!?」
裕也はびっくりした声を上げて、その場に尻餅を付いた。
その驚きにユナもびっくりしたらしく、「きゃっ」と驚きの声を上げて、同じように尻餅を付いた。
「いきなりこんな近くにいるんだよ!?」
「裕也くんがいきなりぼんやりし始めるからいけないんですよ!」
「え?」
「人の話を途中で聞かなくなるほど、何か考え込み始めたからですよ!」
「……そんなに真剣に考え込んでた?」
それを確認するように、ユナではなくアイリに顔を向ける。
アイリは向けられた瞬間に首を縦に振り、頷いて見せる。
――そんなに時間が経っていなかったと思うんだけどなー。
裕也はそう思ってしまうも、自分に非があることは素直に認め、
「悪かったな。ちょっとだけ色々考え込んでた」
そう言いながら立ち上がると、まだ座り込んでいるユナに手を伸ばす。
ユナは出された手にちょっとだけ悩んだ後、その手に掴む。
そして、裕也がそれを引っ張り上げると、
「いいですよ。何か色々と考え込むことがあるのは分かってますから」
呆れた様子でもなく、裕也の考えていたことに察しが付いたらしく、お尻に付いた汚れを叩きながら、裕也を許した。
「それで、どこまで話は聞いてましたか?」
そして、そう言葉を続ける。
「えーと、オレの中にある魔力を無理矢理呼び覚ます? ってとこぐらい」
「そこからですか。分かりました。続きを話しますと、そこから先はアイリちゃんにも手伝ってもらうってことです」
「アイリにも?」
再び確認するようにアイリを見ると、ピースを作っていた。
「はい、アイリちゃんには魔力を呼び起こす作業を、です。ほら、私は苦手ですから。そういう系等は……」
「苦手……ああ、確かに苦手だったな」
「でしょ?」
「ああ」
ユナの目配せと言葉の意味から、ユナが苦手だと言ったのか、その意味を理解出来た裕也はそれに乗っておくことにした。
――ユナもこの世界の住人じゃないからな。
天使という人種である以上、この世界の魔法はそれなりには使えたとしても、この世界の住人ほどは上手く使えない。つまり、言い方によっては下手と言っても間違いないのだ。
そのことに納得した裕也はアイリの方を見て、
「じゃあ、アイリよろしくな」
と、改めて頭を少しだけ下げた。
「うん、任せておいてー」
「えっへん」とない胸を張るようにして、アイリは威張って見せた。
「話を進めますよー。って言っても、もう実践するしかないんですけどね」
ユナがそう言って、苦笑いを溢す。
「もうかよ!?」
という裕也のツッコミに、
「もうですよ」
と、ユナに冷静に返されてしまう。
「無理矢理呼び起こすのはいいけどさ、そこからどうやって制御するんだよ。そこが一番大事だろ」
「それ、やりながらの方がいいっていう結論になりました」
「『なりました』?」
「はい、アイリちゃんと話し合った結果です」
「あっ、そう。じゃあいいや」
ユナだけならともかくアイリもそれで納得しているのなら、なんとかなるか、と思った裕也は素直に頷く。
そして近付いてきたアイリの頭に手を乗せ、
「よろしくな」
と、改めて頼んだ。
「うん、任せておいてよ!」
アイリはにっこりと笑い、世界中の不安に満ちている人たちを安心させるような笑顔を裕也へと見せた。




