(14)
「じゃあ、そろそろ自分は帰りますね。時間も良い頃合いですし……」
なんとなく時計を確認すると、すでに0時になろうとしていたため、裕也はゆっくりとイスから立ち上がり、アイナにそう告げた。
アイナはまだ一緒に居たいのか、名残惜しそうな顔をするもすぐに取り繕い、
「そうですね。今日は本当にありがとうございました」
と、同じようにイスから立ち上がり、ペコリと頭を下げた。
「いえ、そんなかしこまらないでください。楽しかったのは自分もですから」
「それは嬉しいです。外の兵士にお部屋まで案内するように言いますね」
「あ、ありがとうございます」
「あの……それと……」
アイナは少しだけ言いにくそうにモジモジし始めてしまう。
「なんですか?」
なんとなくアイナが言いたいことを気付いる裕也は、安心させるような笑顔を浮かると、
「ま、また……誘ってもよろしいですか? ご、迷惑でなければ……ですが……」
不安を隠しきれない顔でそう裕也へ尋ねた。
その答えを分かっていたからこそ、
「もちろんです。喜んで来ますよ」
そう言って、ペコリと頭を下げた。
そして、頭を上げると裕也はドアの方へ向かって歩き始める。ドア近くで驚いた表情をしているセインの横を通り過ぎるようにして。
さすがのセインもアイナがこんなことを言い出すと思っていなかったか、と思いながら歩いていると、そこで裕也はあることに気付いてしまう。
――怒ってる?
驚きから一変、静かな怒りとでも表現出来るピリピリとした何かをセインから感じ取り、すかさず拳の方をチラ見する裕也。
セインの左手は手が変色するほど強く握られており、今にでも血が溢れそうな勢いだった。
が、そんなことで歩みを止めてしまえば、セインに気付いたことを気付かれると予想した裕也は、知らないふりをしてドアの前に立つと、
「お邪魔しました」
もう一度頭を下げ、ドアノブを掴み、ドアを開けて外に出る。そして、ゆっくりとドアを閉める。
そこで、「ふぅ」と小さくため息を吐きながら、
――セインさんって、王女のことが好きなのか?
あの静かな怒りから導かれる考えを心の中で呟く。
現状、セインを怒らせるような真似をしなかった裕也に考えられることが、これぐらいしかなかった。むしろ、そっちの方が怒りを向けられた矛先の理由にも納得がいくほど。
それは元の世界ではよくあったことであり、裕也からすれば日常茶飯事と言っていいほどの八つ当たりだったからだ。もちろん、それも『ACF』と魅惑能力のおかげで切り抜けることが出来たのだが……。
――きっとあっちとこっちじゃ、勝手が違うんだろうなー。
色々と違う元居た世界と異世界との違いを考慮に入れ、これからゆっくり考えようと思っていると、
「ほら、行くぞ」
と、右側にいた兵士に声をかけられ、
「あ、はい」
反射的に返事を返し、歩き始めた兵士の後を追い始める裕也。
そこで裕也はまたあることに気付く。
「部屋の中での――」
「知らない」
「いや、でも……」
「何の話をしているんだ?」
「……なんでもないです」
裕也が問おうとしていた『部屋の中で話、もしかして外でも聞こえていましたか?』という質問に、全く耳を傾けようとしない兵士。
そのことが気になったのは二つ理由があった。
一つ目は、アイナが命じていないのに部屋まで案内しようとしてくれている理由。
命令されていないのに部屋まで案内しようとしてくれているのは、当たり前の行動の一つとして過程したとしても、『護衛している部屋から、勝手に離れてはいけない』という考えが裕也にはあったからだ。むしろ、現在進行形で疑われている身のため、見張るという意味合いでも、アイナの許可は必要なはずなのだ。
そこまで考えた時、二つ目の疑問が浮かぶ。
それは、『勝手に離れることが出来たのは、部屋の中での話が聞こえていたから』という理由だった。
部屋の中で話を漏れていたからこそ、こうやって勝手に離れることが出来た、と考えたとしても、それはそこで違う問題が出来てしまうからだ。それは『裕也たちがすでに犯罪とは関係ない人物ということがバレしまうこと。あの場所で三人だけの秘密にしたにも関わらず、それを聞かれてしまうということは秘密でなくなってしまうことを危惧したのだ。
この会話から部屋での会話が漏れているということはバレバレだったが、『部屋の中での話はすでになかったことになっている』ということが分かった裕也は安堵して、自然と強張っていた肩の力を抜く。
そして、裕也が話しかけない以上話さないスタンスを取っている兵士の後を付いて歩き続けた。ちょっとだけこの状態が息苦しいのは言わないことにして。




