(11)
その日の夜。
裕也はある部屋の前で大きく息を吸い、肺に溜め込んだ息をゆっくりと吐いた。そして、両隣にいる兵士に交互に見つめる。
その両方の兵士は見られた途端、コクンとお互いが頷く。
――まったく、いったいなんなんだよ。
この部屋に呼ばれた意味が全く分からない裕也は、しょうがないので部屋をノックし、返事を待つ。
「はーい、どうぞー」
聞き覚えのある声に従い、ドアノブを掴み、ゆっくりとそのドアを引き、
「お邪魔します」
と、入りながら尋ねて、一度振り返る。そして、ドアをゆっくり閉めた後、自分を呼んだ人物――アイナを見た。
アイナは部屋中央に備え付けてあるテーブルの上で、両手でカップを掴み、ティータイムを満喫していた。その雰囲気に合わせるかのように、部屋はほんのり薄暗くしてあり、テーブルの上に一本のロウソクに火が灯してある。
「いらっしゃい。こちらのイスに座ってください」
アイナは持っていたティーカップをテーブルに置き、向かい側に座るように手で指示を出す。
その指示に従い、裕也はそのイスに向かって歩き、
「失礼します」
そう言いながら、イスを引いて、そのイスに座る。が、少しだけ居心地が悪かったため、ほんの少しだけ位置を直してから、
「それで何か御用ですか?」
改めてアイナへと尋ねた。
その質問に対し、
「私のティータイムに付き合ってもらおうと思っただけですよ?」
アイナは迷うことなく、あっさりそう答える。
表情も笑顔であり、そのことだけは本当だ、と確信することが出来る裕也。
「そうですか。じゃあ、付き合いましょう」
アイナはその返事が嬉しいらしく、そそくさと準備し始める。
「人間の方に、エルフの紅茶の味が合うかどうかは分かりませんが、ゆっくりして行ってください」
「大丈夫じゃないですか?」
「え?」
「この部屋に入った途端、そのティーポットに入っているハーブティの匂いがしました。良い匂いだと感じたので、たぶん嫌いじゃないと思います」
「さすがですね」
「普通だと思いますよ」
「少なくとも私が知っている人でここまで敏感な人は初めてです」
「そうなんですか……」
そう言って差し出されるハーブティが注がれたティーカップを手に取り、裕也は口に運ぶ。
匂いだけでは味までは分からなかったが、それがアップル味だと気付く。そして、さっきまでアイナと面会することに緊張していた心が少しだけほぐれたような気がした。
「落ち着く味ですね」
裕也はテーブルにティーカップを置きながら言うと、
「緊張していると思ったので、これを準備させて頂いたんです。もちろん、寝る前にちょうどいいハーブティであることも考慮してですが」
アイナは裕也の心境を見透かしていたらしく、少しだけ寂しそうに笑う。
――なんで、そんなに寂しそうに笑うんだ?
アイナの心境が読み取れない裕也にとって、それの寂しそうな笑みの理由が分からず、少しだけ反応に困ってしまう。が、その理由を直球で尋ねるのも心が引けたため、会話の流れを止めない様に会話を続けることにした。
「バレバレでしたか。すみません」
「いいんですよ。立場上、そういうことには慣れていますから」
「だから、ですか?」
「何がです?」
「今、一瞬寂しそうな顔してましたよね?」
「……してま……した……?」
裕也の言葉が信じられないかのように、アイナは自分の顔を片手で触り、びっくりしていた。そんな表情をした覚えがない。そんな風に言いたそうに。
だが、確かにその表情を見た裕也は「はい」と素直に答える。
「裕也さんはそういうのよく気が付きますね」
「普通ですよ」
「いいえ、私は今までそれをちゃんと隠し通せていたんですよ? なのに、気付かれるってことは何かあるんでしょうね」
「そういうの、よく分からないです。オレは――あっ、いえ! 自分はそれに気が付いたからそう言っただけで、気が付いたら、みんな同じことを言うと思います」
「今さらですね」
「え?」
「一人称です。王の間で時折、『オレ』って言っていたので、今さら直さなくてもいいのですよ?」
「そう……でした……?」
その言葉が信じられず、「あれ?」と思いながら、その時のことを思い返してみるも、裕也はあまり思い出すことが出来なかった。ごく自然に出た言葉だったのと、何よりも状況が状況だけに落ち着いていなかったからだ。
しかし、アイナは「そうですよ」と先ほどの仕返しをするかのように答えた。
「なんだかやり返された気分になりました」
そう言って、ティーカップを手に取り、一口分、喉に流し込む。
それを真似するかのように、アイナもまた一口分、コクンと飲み込む。
「やり返しました。あっ……!」
「え、何ですか?」
「そうそう、大事なことを言わないといけませんでした」
「はい」
「廊下での件はその兵士に聞きました。『変な真似は何もしていなかった』と言っていたので安心してください」
「そうですか。それなら良かった」
「……意外です」
「え?」
「もう少しホッとするものかと思っていましたけど、全然動じないので……」
「何もしてないですから。それでホッとするのも怪しいでしょう?」
「それもそうですね」
「それに、そのことを疑われようと自分たちには一週間の猶予を貰っている。だから、そこで疑いを晴らすつもりだったので、焦る意味がありませんよ」
事実を伝えた裕也だったが、それに敬意を示すように、アイナは拍手を行った。
その理由が分からない裕也は首を傾げ、その意味について尋ねようとした矢先、
「そこまで自信が持てるのもすごいと思います。きっと、なんとかするんでしょうね。その確信が私にも生まれました」
アイナの方が、裕也が尋ねようとしていた質問に答えてしまう。
その答えに裕也は苦笑を溢す。
「そんなんじゃないですよ。はっきりと言うと自信はないです。ないけど、やらなきゃいけないでしょ? それだけですよ。まだ捜査も始めてもいない状況で、悩んだり、くよくよしたりすることがバカらしい。そう思っているだけです」
自分の気持ちを少しだけ吐露した裕也は、少しばかり心に溢れてきてしまった『密告者が見つからなかったらどうしよう』という不安を落ち着かせるために、ティーカップに入っていた残りを一気に飲み干す。手頃な温度まで冷えていたため、舌を火傷することはなかったが、それでも少しだけ喉に熱さが残り、思わず咳き込んでしまう。
「大丈夫ですか?」
いきなり咳き込み始めたため、アイナはイスから急いで立ち上がると、裕也の背中へと回り、その背中を擦り始める。
「けほっ、だ……だい……じょうぶ、です」
単純に咳き込んでしまっただけのため、全然大丈夫だったのだが、アイナに向かって言う言葉は上手く発音することが出来なかった。そのため、その咳き込みが終わるまで、アイナは裕也の背中を撫で続けた。




