(8)
「そんなバカなことがあるわけないじゃろ! ウソを言うでない!」
それを代表して言ったのは、アベルだった。
裕也を睨み付けるその目からは、『自分が犯人にされたくないからデタラメを言いおって!』という気持ちがはっきりと現れていた。
アベルの言葉に同調するように、周囲の重役たちもガヤを入れ始める。
「静かにしなさい!」
そう大声で言ったのはアイナ。
その声に従い、ガヤは瞬時になくなり、視線だけが裕也の身体を貫き始める。
こうなることが分かっていた裕也は、特に気にした様子を見せず、
「そう思う理由を言いますね」
と、アイナへ言った。
アイナは即座に首を縦に振る。
「セインさん……でしたよね? 彼が言ったようにタイミングが良すぎるからですよ。まるでオレたちに『王女殺し』の罪を擦り付けるようなタイミングですから。そうしようと思って行動したのなら、オレたちがここに来ることを知っていないといけない。つまり、牢屋から出されて、ここに連れて来られるまで誰かが連絡した。と思った方が自然じゃないですか?」
「改めてそう言われるとそうですね」
「あらかじめ計画を立てていたとしても、王女が牢屋に助けに来るとは限らない。いや、今回はアイリがいたからこそ、牢屋に来てくれただけみたいですし……」
「はい。アイリも捕まったから、と聞いてですね」
「少なくともオレたちはそのことを知らなかった反応をしましたよね?」
アイナはそう問われ、視線を天井へ上げる。が、すぐに下ろし、
「そうでしたね。口を開けて、驚いてました」
何度も頷き、自分を納得させるように頷いた。
「そして、王女様自身がオレたちをここへ招いた」
「はい」
「ここに連れて来られる間に連絡を取る手段があったかと言えば、それもなかったはずですよ。きっと変な動きをしたら、ここまで連れて来てくれた兵士さんに怪しまれたと思いますし……。これは後で本人に聞いてください。もちろん、こういう話をしたことを秘密にして」
「分かりました」
「それでここに連れて来られた。その後はご存知ですよね?」
「はい、私が話してる最中にも変な行動はしてなかったです。そうでしょ、セイン」
アイナは自分の見間違いではない様にセインへ確認を取る。
セインもコクッと頷き、
「そうですね。見ていた限りでは変な動きはありませんでした。どちらかというと、私たちとの会話に呆れていた……具合でしょうか?」
あの時に変な行動をしなかったことを素直に認めた。
「ですね。つまり、無実の可能性の方が強い、ということになります。少なくとも、ここまで都合よく上手くいくわけないですから。セインはどう思いますか?」
「そもそも、暗殺する首謀者であれば助ける行動自体がおかしいです。助けて信用を得てから、改めて殺す。なんて方法もありますが、こんな時間がかかることをするぐらいなら、最初から見殺しにした方が効率よいでしょう。どちらにしても後で疑われるのですから……」
「結論は出たようなものですね」
アイナは手を二度ほど叩き、
「それではこうしましょう。ユーヤさんたちに一週間の猶予を上げます。その間にこの中にいる密告者を見つけ出してください。その間、お城から出るのは禁止です。ちゃんと食事などは用意させますから。城内にある施設などもご自由にお使いください。気分転換などは必要ですから。とにかく、外に出ないことです。出た場合は、約束を破ったということで……ね?」
そう裕也へ命じた。
最後まで言葉を言いきらなかったのは、『殺す』と言いたくなかっただろうと察した裕也は、
「分かりました。それでいいです」
素直に首を縦に振った。
が、すぐに思い出したことがあっため、
「ちょっともう一個条件良いですか? 条件というより頼みですけど……」
そう尋ねると、アイナは不思議そうに首を傾げながら、手を出して話すように促す。
「ユナとアイリは殺さないであげてもらいたいんです。これを言い出したのはオレだから。二人を巻き添えにするわけにはいかない」
「……うーん」
「ダメですか?」
「ダメではないですよ? 私としてはいいんですが……」
アイナは悩んだ様子で、その不満がある人物の方へ顔を向ける。
「え?」
裕也はその不満がある人物がセインだと予想していたのだが、その予想は外れ、全く違う人物だった。
その頼みに対して、不満がある人物はユナ。あからさまに不機嫌な表情を浮かべている。ようやく話すタイミングを得たユナは、
「何、勝手に決めてるんですか!?」
と、怒り始める。
アイリも状況を読んだらしく、スッとユナの胸から離れて、裕也への行く道を作った。
ユナはその道を進んで、裕也の元へ歩み寄る。
「ちょっ、ちょっと落ち着け……ッ!」
「何に対して落ち着くんですか?」
「いや、だから……これはだな……?」
「はい、これは?」
「えーと、オレの勝手な行動だから……」
「はい、だから?」
「ユナやアイリを巻き込むのは迷惑かな、っと思いまして……」
「ふむ、迷惑ですか……」
「そ、そうなんだよ! だ、だから、せめて二人だけでも……」
「へー」
ユナは裕也の苦しい説明を聞きながら、ずっと笑顔を浮かべていた。目は一切笑っておらず、裕也の説明に頷くだけ。
――やべぇ、こえー……!
拗ねるぐらいの予想はしていたものの、まさか怒るに達すると思っていなかった裕也は一歩ずつ自然と後ろへ下がってしまう。
ユナは今の距離を保ちたいらしく、その一歩を追うように一歩を踏み出す。
「それで? 何か言い直すことはありますか?」
その笑顔のまま、ユナは尋ねた。いや、強制した。
裕也は助けを求めるように、奥にいるアイリを見る。
プイッとアイリは顔を逸らす。
アイリはユナとは違い、そのことに拗ねている様子ではなく、下手に裕也の肩を持ち、この状況に巻き込まれたくない。そんなあからさまな意思表示を行った。
「うぐっ! で、でもな……?」
「『でもな?』なんですか?」
「下手すれば、死ぬんだぞ?」
「死ぬんですか? 自分の命を諦めるんですか?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「大丈夫じゃないのに、変な要望を王女様にしたんですか?」
「いや、違うけど……」
「じゃあ、言い直しましょうか?」
「……はい」
裕也は自分の負けを素直に認め、スッと手を上へ伸ばす。そして、王女に向かって、
「言い直します。アイリだけ助けてください」
希望をそう変えた。
「分かりました。それぐらいならいいでしょう。私としても同胞を殺したくありませんからね」
アイナは今のやりとりが面白かったのか、苦笑しつつ、納得した。
同時に今まで笑っていなかったユナの目も笑い、
「これで、『真犯人を見つけられなかった』なんて言えませんね。頑張ってください、裕也くん」
と、満足そうに笑う。
その様子を見て、ユナの安全を考えていた自分がバカらしくなり、緊張から強張っていた肩の力を緩め、貯め込んでいた重苦しい息を吐き出した。




