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(2)

「いきなり警戒してごめん。ただ、ちょっと色々と驚いたから、あんなに警戒したんだ。悪気はないと思ってくれたら嬉しい」


 裕也はひとまず言葉と共に頭を軽く下げて、謝罪の言葉を述べた後、


「それで君は何年生?」


 続けて、質問した。

 失礼だと分かりつつも、そうしないことには学校での立場が分からないからである。どう考えても先輩と後輩とでは言葉の選び方が違うからだ。

 その質問に対し、ユナは少しだけ困ったような表情を浮かべながら、自身の長い髪を手で掻き、悩み始める。しかし、すぐに悩むことを止めると、


「えーと、私には学年ってものがないんですよね」


 そうあっさりと答える。言い終わった後、「あ、あはは……」と困った笑いを浮かべつつ。


「学年がない?」

「うん。ないんですよ。あ、一応、設定年齢では裕也くんの一つ上ですね」

「……せ、設定年齢?」

「うん。設定年齢」

「……えーと、どこから突っ込んだらいいかな?」

「どこからでも大丈夫ですよ? 裕也くんにはそれを質問する権利があるし、私にはそれを答える義務がありますから」

「権利ねー」


 最初は冗談と思って聞き返した言葉だったが、ユナの吐き出される言葉の重さと雰囲気から冗談で言っているものではないと気付く裕也。だからこそ、裕也は一度解いた警戒を再び露にする。

 ユナ自身もそれに気が付いていたが、さっきまでと全く変わらぬ様子で裕也を見つめていた。


「分かった。じゃあ、質問していくよ」

「はい、どうぞ」

「君はこの学校の生徒じゃないよね? 漫画とかアニメである不思議系の転校生?」

「転校生じゃないです。どちらかというと部外者になります」

「把握。じゃあ、その部外者が何の用事があって、この学校に?」

「おっと、いきなり話の核心に触れちゃいますか? 別にいいんですけど……」

「まどろっこしいのは嫌いだからさ」

「そっか。じゃあ、いきなり話の核心に触れちゃいましょう。私は裕也くんを異世界に連れて行くために来ました。というわけで行きましょう」

「やだ」

「うーん、やっぱり即答しちゃいますよねー。分かってましたけど」

「分かってたなら、聞くなっての」

「じゃあ、力づく?」


 その瞬間、ユナの表情が笑顔から睨み付けるものへと変わる。

 変わった途端、ゾクッとした寒気が裕也の身体を突き抜けた。風などの環境から来るものではなく、恐怖を覚えた時にやってくる寒気である。


「や、やれるものならやってみろ。全力で抵抗してやるから」


 しかし、裕也もまた負けずと言い返し、恐怖に竦みそうになる身体を無理矢理動かして、ボクサーが取るファイティングポーズを作る。このポーズを取ったのは、『戦う意思』を見せるのにふさわしいポーズと思ったからだった。

 ユナも負けずと「ふふっ」と笑みを口元に手を置き、不敵な笑いを溢した後、


「ごめんなさい。冗談ですよ。『異世界に連れて行きたい』というのは本音だけど、力づくではしません。ちょっとだけ場の空気を和まそうとしただけですから、そんなに警戒しないでください」


 と、すぐに表情は戻ってしまう。それと同時にピリピリとしつつあった空気も一瞬にして霧散し、残ったのはさっきより冷たい空気だけだった。

 そして、訪れる沈黙。

 ユナ自身は「あ、あれ?」と口には出さないものの、自分が作り出してしまったこの状況に戸惑っていた。


「バカだろ、お前。もう年上とか関係なしに言うよ。バカだろ、お前」


 その空気に対して、裕也は警戒を完全に解く。こんなバカに後れを取るわけがないと思ったからだった。


「に、二回も言わないで良いでしょ! そこは一回だけにしてくださいよ!」


 バカと言われたことに怒るユナを無視し、


「そんなことよりも一番大事なことがあるから」


 裕也はそう突っ込む。


「そ、そんなことよりも!?」

「当たり前だから。バカは確定したから。って、これはもういいんだった。それよりも大事なのは『なんでオレを異世界に連れて行きたいのか』ってことだから」

「うっ……、それはそうだけど……。なんとなく納得いかないのは私だけですか?」

「そう、君だけ」

「君じゃなくてユナ」

「そう、ユナだけ」

「よく言えました」


 名前を呼ばれたことに対して、素直に喜ぶユナ。

 呼び捨てしたことに突っ込まれると頭の中で考えていた裕也にとって、普通にスルーされると思ってもなかったため、再び調子を崩されることとなった。

 が、そんなことに時間を取りたくなかった裕也は、無理矢理話を進めることにした。


「それで、その理由は? 言っておくけど、オレはオタクたちが考えるような『異世界に行って、ハーレムして~』とか考えたことないとは言わないけど、現時点で望んでないからな?」

「……惜しいけど、ちょっと違いますね」

「惜しい、だって?」

「はい、惜しいです。『ハーレムして~』じゃなくて、『ハーレムをする運命』ってことです」

「寝言は帰ってから言おう。じゃあ、そういうことで夢の中でまた会おうな。じゃあ、そういうことで」


 そう言って、裕也はユナの隣を通り抜け、屋上のドアへ向かって歩き出す。手をヒラヒラと振りながら。


 ――真面目に聞いたオレがバカだったな。


 心の中でそう自己嫌悪していたことは言うまでもない。

「え? あの……ちょっ、ちょっと!?」


 そうやって通り抜けて行く裕也を追い、ユナも身体を反転させ、裕也の後を追いかけ始める。

 裕也はユナの行動に気付いていたが、その行動に対する制止の言葉をかけることはなかった。それは、こういう輩は無視することが一番だと分かっていたからだ。


「ま、待ってくださいよ!」


 ユナの必死な言葉と共に掴まれる裕也の右手。

 しかし、裕也はそれを思いっきり振り払うことで、その行動さえも拒否した。


「わ、分かりました! 異世界に連れて行く理由の一つ、裕也くんが持ってる悩みについて教えます! なんで無駄にモテるのか、その理由を教えるから止まってください! ねっ、お願い! お願いします!!」


 再び掴まれる裕也の右手。

 しかし、今度はそれを振り払うことが出来なかった。むしろ、屋上のドアを目の前にして動きが静止し、裕也はユナの方へ振り返る。驚きの表情を浮かべて。


 ――なんで、ユナがそのことを知ってるんだよ……。


 それが、裕也の動きを止めた理由だった。

 裕也が持っている悩みは実際誰にも相談したことはない。それは、モテない人間からすれば羨ましいものでしかなく、一種の嫌味に聞こえると分かっていたからだ。だからこそ、誰にも相談することが出来ず、一人で抱え込むしかない悩み。だからこそ、初対面であるはずのユナがそのことを知っているはずが絶対にない。あり得るはずがないのだ。

 そんな裕也の驚きの表情とは対照的に、ユナは止まってくれたことに対し、ホッとした表情を浮かべていた。


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