(4)
そんなセインの警戒を知らないアイナは、
「お名前を聞いてよろしいですか?」
と、マイペースで裕也とユナへと尋ねる。
――うーん、ここでは本当の名前を名乗らない方がいいかもなー。
なんとなくだが裕也はそう思ってしまう。
ユナはどう思っているのか分からなかったが、本当の名前を名乗ることがどれほど危険なことかを考えてしまったからである。
が、そんな裕也の考えを否定するかのように、裕也の名前を名乗る人物がそこにいた。
「ユーヤお兄ちゃんとユナお姉ちゃんだよ、王女様!」
今まで無言でいたアイリが我慢できなくなったかのように、手を上げて、王女へと申告したのだ。まるで裕也が偽名を名乗ることを阻止するかのようなタイミングで。
ユナの方も「え!?」という表情でアイリを見つめた。そして、困った表情で裕也を見る。
アイリに突っ込みたくなる気持ちを必死に堪えつつ、
「や、山下裕也です」
裕也は素直に名乗った。
それ以外にもう取れる術がなかったから。
ユナも裕也につられたかのように、
「ユナです」
同じく名前を名乗る。
アイナの方はそれに満足したのか、「うんうん」と頷き、
「ユーヤさんとユナさんですね。私の名前はアイナと申します。そこにいるアイリと名前が似ているので、気軽に王女と呼んで下さい」
自分の名前を名乗った。
「王女様だ」
セインはもう突っ込むことすら疲れたらしく、ぶっきらぼうに「様づけ」で呼ぶように言い直す。
「別にかしこまらなくても大丈夫ですからね? 王女と言っても、所詮はただのエルフなんですから」
「礼儀は大切だからな」
「だから、そんなに固くならないでください」
「柔らかくなりすぎるな」
アイナの言葉に付け足すように、むしろそれを気を付けろと言わんばかりにセインは冷たく言い放つ。
さすがにここまで無視していたアイナの方が頭に来たらしく、
「セイン、うるさいです」
と、あからさまな不満を漏らした。
しかし、セインはアイナの方を見ようとはせず、裕也たちを見つめたままだった。相手にしたらダメだ、と思っているらしい。
――王女が緩いから取れる行動だよな、これ。
セインのその態度について、そう思いながら裕也は二人の様子を見守った。
「こら! セイン、聞いているのですか?」
「聞いていますよ。自分は自分の意見を言っているだけです。お気になさらず」
「気になることばかり言っているのは誰ですか?」
「さあ、誰でしょう?」
「あなたです!」
「気のせいですよ」
「気のせいじゃありません! まったくもう! すぐに意地を張るんですから……」
その瞬間、裕也の中に全員のツッコミが入ってきたような気がした。そもそも、接する時間が少ないものの、裕也でさえその言葉を突っ込みたくなってしまったからだ。
「どっちがだよ!」、と。
そんなツッコミを入れられたことを知ってか知らずか、アイナはまだセインに文句を言っていた。
――こんなので本当に戦争なんて起こるのか?
アイナの様子を見る限りでは、戦争回避を選びそうなため、そんなことが起こりそうな気配は一向に感じないため、そう思ってしまう。
「本当に大丈夫なんでしょうか?」
そんな時、小声でユナが裕也に質問してきた。
その質問の意図が全く分からない裕也は、
「何が?」
と、同じく小声で返す。
「こんな王女様で大丈夫なんですかね? 心配になってきました」
「……知るわけないだろ、オレが」
「それもそうですけど……」
「大丈夫なんじゃないのか? オレたちが心配するまでもなく、セインっていうあの人がなんとかするさ」
「……まぁ、それも――」
「――そうですよ。セインがなんとかしてくれます」
ユナの納得の声に被せるように、王女がユナへと微笑む。
ビクッとして片足一歩分、ユナは後ろに下がってしまう。
まさか、アイナの耳に入っているとは思っていなかったらしい反応。
――やっぱり聞こえてたか。
裕也はそのことが分かっていたため、当たり障りのない反応をしていたことに胸を撫で下ろしていた。
そして、そのことをすっかり忘れていたユナに呆れた視線を送る。
ユナは裕也に助けて欲しそうな視線を送っていたが、もちろんそんなつもりのない裕也は無視。
「エルフは耳が良いのを忘れてはダメですよ? この距離なら全員聞こえますから。そのための中央に立たせているのです」
ユナはその言葉の意味を確認するために周囲を見回す。
裕也を除くエルフ全員が、ユナの視線に答えるように一斉に頷いた。
「ご、ごめんなさい! で、でも心配に――」
そう慌てて、余計なことを言ったことを反省し、頭をペコペコと下げるユナ。
が、アイナは微笑み、
「心配していただき、ありがとうございます。まさか、人間の方にまで心配されると思ってもいませんでした。ねっ、セイン」
そうセインにバトンを渡すと、
「それだけ抜けているように見えるのでしょう。これからは気を付けてください。いえ、もう遅いか」
セインは裕也たちへ視線を送る。
「絶対に口外するな」
そう言葉に出さないまでも、視線がそう語っていたため、裕也とユナは自然と頷く。いや、半分強制に近いものだった。
「話を戻しましょうか。アイリ、この人たちの宿は決まっているのですか?」
アイナは自分の無様な姿をこれ以上見せたくなかったのか、それとも裕也たちへ送られるセインの威嚇から助けようとしてくれているのか、アイリにそう尋ねた。
アイリはその質問に首を横に振りながら、
「ううん、決まってないよ。決まる前に掴まっちゃたから」
と、その質問に答える。
その答えを期待していたかのように、
「なら良かったです! この城に泊まってもらいましょう! いきなりの無礼をお詫びするのにちょうどよいですわ!」
良い考えを思いついた、と言わんばかりに胸の前で手を叩くアイナ。
裕也を含め、全員がため息を溢す。
ここでも全員の考えが一致していたのは言うまでもない。
アイナは不思議そうに首を傾げながら、
「やっぱりダメですか?」
と、遠慮がちにセインに尋ねると、
「いえ、大丈夫ですよ。そう言うと思っていましたから」
完全に諦めた様子でそう言った。相変わらず裕也たちへ鋭い視線を送ったまま。
――うん、分かってるから。そんな鋭い視線は送らないでくれ。
裕也は頷きながら、セインを見つめ返す。
セインはその意味に気付いたらしいが、慣れ合うつもりは一切ないらしく、プイッと顔を逸らした。
その時だった。
裕也の身体にゾクッとした悪寒が走ったのは……。