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(2)

「お、王女様!」


 牢屋の前にいる兵士が先頭に立って現れた人物に向かって、そう声を荒げ、慌てた様子で頭を垂れる。

 その名前を聞いた途端、裕也は慌てて立ち上がり、鉄格子の前に歩み寄る。

 それはユナも同じだった。ユナの場合は、アイリを膝の上から下ろしてからのため、鉄格子の前に来る頃には、すでに王女の姿は牢屋の前に来ていた。

 王女の服装は、『王女』という役職にふさわしいような王冠とネックレスを身に付け、洋服もまた白と緑に黄金が混ざったような神々しい物だった。そして、何よりも雰囲気がエルフの王女というべきあってか、威圧するものではなく、全てを包み込むような柔らかいもの。

 王女は兵士に向かって、にっこりと微笑むと、


「姿勢を正さなくて大丈夫ですよ」


 と、雰囲気そのものが口から出たような口調でそう言った。


「はっ!」


 兵士はその言葉に従い、頭を上げると、身体をピシッと背中にものさしでも入れたかのような姿勢へと変わる。

 王女はそこまでは見ずに牢屋に視線を送っていた。裕也とユナの様子を見た後、その奥にあるアイリの姿を見つめ、「はふっ」と小さくため息を溢す。


「何をしているんですか、アイリ」


 そう言って、アイリに向かって呆れた口調で声をかけた。

 アイリはその言葉を待っていたかのように、鉄格子の前までやって来ると、


「あははっ、捕まちった」


 と、頭を掻きながら答える。しかも、捕まったことに対して、反省している様子は全くない。


「『捕まちった』ではないでしょう? いったい、あなたはどんな重大なことをしたと思っているんですか?」

「人間をエルフの街に連れて来ただけだよ?」

「今、どういう状況なのか、分かっているでしょう?」

「分かってるけどさー。良い人と悪い人の区別はつくよ」

「そういう問題じゃないのです」

「じゃあ、どういう問題なの? 人間だからって全部受け入れないって、それこそ戦争を助長するだけのものでしょ? 他の種族は分からないけど、『温厚』で有名になっている以上、ボクたちがそれを拒否してたらダメなんじゃない?」

「……」


 王女はそこで言葉が止まってしまう。

 それだけアイリの言う言葉が正しいのだ。善悪の判断は大事なのかもしれないが、それより優先すべきことがある。そう訴えたのだから。

 しかし、そのことは王女自身分かっていたのだろう。付いてきた兵士たちが動揺する中、王女は顔色一つ変えず、逆に少しだけ嬉しそうに笑みを作る。


「それではアイリに聞きますよ。この方たちはなんで良い人間だと思ったのですか?」

「ボクがお仕置きで木に吊るされてる所を助けてくれた。それに、ユーヤお兄ちゃんが膝の上に座らせてくれた。ユナお姉ちゃんは、ボクを優しく抱きしてくれた。これでどうかな?」

「また悪さをして……。とにかく分かりました。この件に関しては良いでしょう。この人間たちを牢屋から出してあげなさい。そして、王の間に連れて来てください。それでは行きますよ」


 そう言って、牢屋の前に立っていた兵士に命じると、元来た道を歩き始める。

 その兵士も付いてきた兵士も動揺を隠しきれない様子だったが、王女の命のため逆らうことが出来ず、王女が歩む道を作った後、再び後を追っていく。

 裕也とユナは鉄格子の隙間から去っていく兵士たちの背中を見ながら、ポカーンと口を開けていた。


「ちょ、まっ……え、え? いったい、どうなってんだ、これ?」


 現状が把握出来ずにいる裕也は、ユナに顔を向けて、そう問いかけると、


「さ、さあ……? この現状を一番把握出来ているアイリちゃんに聞くのがいいと思います」


 と、もっともな回答が返ってくる。

 その回答に従い、裕也はアイリの方を見つめる。

 ユナも同じくアイリを見つめた。

 アイリは少し照れくさそうに左右の人差し指をくっつけたり離したりしながら、


「え、えーとね……実は王女様と……友達だったり……?」


 なんて「あはは」と誤魔化すように笑い始める。


 ――オ、オレのこのなんとも言えない気持ちはどうしたらいいんだ?


 さっきまでの絶望的な状況に悩み苦しんだ裕也は、少しずつ怒りが湧いてきてしまう。

 そのことにユナも気付いたのだろうか、裕也の手を掴む。そして、裕也に向かって、首を横に振る。


「助かったんですから、良かったと思いましょう。それに当初の目的も叶うんですから」

「目的……。ああ、それもそうか……」

「忘れてたんですか?」

「忘れてはないけどさ……」


 裕也はその怒りをどうにかして発散させようと、頭を掻きむしるように掻きながら答える。そして、ゆっくりと深呼吸。少しだけ怒りが納まったことを脳が認識すると、アイリに近づき、身長を合わせるように屈む。


「とにかく、ありがとうな。助かったよ」


 褒めるようにして頭を撫でる。

 怒られると思っていたアイリは目をギュッと閉じていたが、頭を撫でられる感触に安心し、目を開けて、


「えへへ、どういたしまふぇ!?」


 その瞬間、アイリの両頬を軽くだが裕也は掴んだ。そして、軽く引っ張る。


「――ただ、こういう助かる道があるなら、先に言おうな?」

「ごめんなひゃい! こうひゅうのは、だはってほおがいいかなっておもっへー!」

「気持ちは分かるが、今後気を付けるように」

「ひゃいー」


 それに満足した裕也はアイリの頬から手を離して、少しだけすっきりした顔した。

 アイリは引っ張られた頬を手で撫でながら、痛そうに唸っていた。

 一連の行動を見ていたユナは、


「まったく。怒らないで、って言ったのに……」


 と、少しだけ呆れた口調で裕也を見つめていた。

 その時、鍵を取りに行っていた兵士が帰ってきて、入口を施錠している鍵を開錠し始める。

 三人はその様子を大人しく見つめていると、無事に開錠され、


「出てこい。王女の命で王の間に連れて行く」


 と促され、三人はアイリ、ユナ、裕也の順で牢屋から出る。

 そして、兵士が先頭を歩き、牢屋から出た順番で一列になり、その後に続く。しばらく歩き、階段に近付いた辺りで、急に兵士が立ち止まる。そして、三人へ振り返り、


「変なことをすれば殺すからな。それだけは肝に銘じておけ」


 完全に言い忘れていた言葉を三人に言い放つ。それは冗談ではないことが分かるように、三人を見る目は殺気が含まれていた。

 三人はそれに素直に頷き、再び歩き始めた兵士の後に続く。


 ――怖いのは怖いけど、言い忘れていた感が強くて、あまり怖くなかったな……。


 周囲を見回しながら、そう思ってしまう裕也なのであった。


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