(6)
二人が頑張ってくれたことは分かったとしても、問題は依然として残っており、裕也は必死にアイリを『どうやって説得しようか?』と考え始める。しかし、そのアイディアはいくら考えても思い浮かぶことが出来ずにいた。
そんな裕也を嘲笑うかのように、
「ねーねー、王女様たちも許可出してくれたんだし、ユーヤお兄ちゃんには『お願い』してるんだから、拒否なんてしないよね?」
と、お願いするようなフリをしながら、命令する形で尋ねるアイリ。
最初から勝負が付いている出来事をダラダラと考えても仕方ないと思った裕也は、本音で語ることを決める。
「別に連れて行くのはいいけどな、アイリ」
その言葉にユナは「ちょっ!?」と声を漏らすも、裕也はそれを手で制して、口を挟むなということを伝える。
その指示にユナは少し不満そうな表情を見せるも、指示された通り、口を閉ざす。
「連れて行くのはいいけど?」
アイリはその言葉の途中が気になるらしく、不思議そうに首を傾げていた。
「悪い悪い。たぶん、オレはこれからも命を狙われるぞ? 先生をたぶらかした奴を倒してない。というより、そいつの標的はたぶんオレなんだと思う。危険だからこそ、アイリを連れて行きたくないだよ」
このことを言って、アイリの意思が変わることはないと分かっていても、そのことをちゃんと伝えておかないといけないと思ったため、裕也がそのことを伝える。
が、アイリはきょとんとした表情で、
「うん、そんなことぐらい知ってるよ? だからこそ、ボクも行きたいんじゃん。いくらユーヤお兄ちゃんが魔力を使えるようになったからって、まだ不十分だしね! ってことを考えると、ユナお姉ちゃんには自然と負担がかかる。それに、ボクがユーヤお兄ちゃんの魔力の先生をしてたことをしてたんだから、中途半端に投げ出すのは良くないでしょ?」
と、即答されてしまう。
まさかここまで考えていると思っていなかった裕也は、ちょっとだけ怯んでしまう。そして、ため息を一つ溢し、ユナを見る。
「ここまで考えてくれてるんだってよ。オレ、説得無理だわ」
「――でしょうね」
なんて呆れた視線と口調で裕也を見つつも、
「私なんて絶対に無理でしょうから、もう一緒に連れて行くしか出来ませんね。完全に私たちの負けです」
と、ユナは困ったように笑い、アイリを連れて行くことを認めてくれた。
その許可を貰ったことを確認した裕也は、改めてアイリを見て、
「そういうわけだ。またこれからよろしくな、先生」
少しだけふざけたようにそう言うと、
「アイリ! それはミゼルの呼称だったからさ。ボクはいつも通り、『アイリ』で十分だよ」
その呼び名ではミゼルのことを思い出してしまうため、少しだけ寂しそうに注意した。
「悪かったよ、アイリ」
「あっ……、ううん! ボクの方も過剰に反応する形になってごめんね! とにかく、これからもよろしく!」
「ああ」
そう言って、アイリの保護者同然のレオナとセインへ顔を向ける。
すると、裕也が口を開く前に、
「アイリのこと、お願いしますね」
と、レオナに頭を下げられてしまう。
レオナからすれば、迷惑をかけてしまうことを分かっているかのような物言いだった。
しかし、裕也は首を横に振る。
「きっと、オレの方が助けてもらうことの方が多いですよ。『今のところは』、ですけどね……。だから、安全にってわけにはいかないけど、ちゃんとここに連れて帰れるように努力します」
自分が迷惑をかけることを伝えた後、『死なせずにこの場所に連れて帰ること』を約束する。
本当ならば、それを断言しないといけないはずなのだが、それをはっきりと言い切れることがなかったことが裕也にとって、悔いが残ってしまうことであった。
そんな裕也の心境を察してか、
「だからと言って、無理をする必要はない。努力なんてしなくても、ちゃんと連れて帰って来てくれるんだろう?」
セインがそう裕也に尋ねる。
「それはそうですけど……」
「大丈夫さ、ユーヤならな」
「……それは……」
「さあな。それはユーヤが思う方向で取ればいい」
裕也はセインが断言したその理由を例の予知能力かと思い尋ねるも、セインはそのことについて答えるつもりはないらしく、はぐらかされてしまう。同時に、先ほど言っていた予知能力の不確定さのことを思い出し、裕也はそれ以上尋ねることは止めた。そして、改めてユナとアイリを見て、
「そろそろ行くか。このままダラダラ話しててもしょうがないから」
と、二人のそう呼びかける。
「私はいつでも大丈夫ですよ」
ユナは、裕也が知っていて当たり前のことを、当たり前のように答える。
「右に同じく。すでに準備オッケー!」
ユナ同様手ぶらのように見えるが、嬉しそうに答えるアイリ。
きっと魔法でどこかに必要な物をしまっていることを理解した裕也は、もう一度レオナとセインへ向き直り、
「それじゃあ、行ってきます」
と、お別れではなく、出かける挨拶をかけた。
「「行ってらっしゃい」」
裕也の挨拶に二人はそう答える。
裕也たちは二人の横を通って、そのまま裏口の門へ向かい、そのまま城の裏手にある森へ向かって歩き始める。
初めて旅に出かけるアイリのことが少しだけ心配しそうになり、ちょっと後ろを歩いているアイリをつい見てしまう裕也。
それに気が付いたアイリは、
「大丈夫だよ、ボクは。ボクの意思で付いて行くって決めたんだもん。まだ全然平気」
裕也が心配していることを見透かし、にっこりと笑顔でそう答えた。
「そっか。悪いな」
「ううん、ありがとう。まぁ、レオナとはちょっとのお別れになっちゃうけど、ボクにはユーヤお兄ちゃんとユナお姉ちゃんもいるから、きっと大丈夫だよ!」
「そんなもんかよ」
「そんなもんだよ! って、それより次はどこに向かうの?」
「あっ……」
アイリの質問に対し、裕也は自分が逃げることだけに意識を集中させていたことに気が付いてしまう。だからこそ、ここで頼りになるはずであろうユナを見た。
しかし、ユナもまた「え?」と裕也と同じ反応を示していた。
「……マジで?」
ユナの反応に二重の驚きを隠せなかった裕也は、そのことをユナに尋ねると、
「裕也くんが逃げ出すみたいな感じになってたから、裕也が次の行き先を決めてるのかと思いましたよ」
と返されてしまう。
それには何も言い返すことが出来なかった裕也は、ちょっとだけ考えた後、
「うん、適当だな。ここから歩いて、近い場所の村か町に行くってことで!」
どう考えた所で次の場所が分かるはずがないため、そう言って誤魔化すことにした。
「やっぱり先行きが不安になって来たよ」
裕也の発言にアイリはその不安を隠そうともせずにそう漏らし、
「アイリちゃんが居てくれて、私は本当に助かりました」
ユナはアイリにお礼を述べるのだった。
裕也は二人の発言に耳が痛くなりつつも、二人のことを無視して、そのまま森の中を歩き続けた。道を間違えば、二人が引き戻してくれることを信じて……。