(2)
そんな固まる二人にアイリが優しい声で、
「二人ともこんな夜中に何してるの?」
と尋ねた。いや、正確に言えば、問い詰めるような威圧感を出していた。
裕也とユナは『存在が希薄になる』魔法をかけている状態で、アイリ達には秘密にしてここまでやって来たというのに、このタイミングで見つかると思っていなかったため、その質問に対する答えが一瞬見つからずにいた。そのため、その問いに対して、ほんの数秒、間が開いてしまう。
「いや、ちょっと散歩をだな……」
その問いになんとか答えたのは裕也。
「ふーん、そうなんだー……」
そんな言い訳にアイリは全くと言っていいほど、信じていない返答を返す。
むろん、裕也でさえこの状況で、こんな言い訳が苦しいということは分かり切っていた。が、それを無理矢理にでも通さないとこの状況は打開出来そうにもないことも理解していた。そのため、この言い訳をさらに具体的になるように、脳を――『ACF』を知能の方へ無理矢理ベクトル変換させ、この言い訳を本当の理由になるように考えさせた。
「おいおい、なんだよ。その信じてないような雰囲気は」
「だって信じてないんだもん」
「そんなこと言っちゃうのかよ。てか、オレたちがそう簡単に外に出られない理由があるのぐらい知ってるだろ?」
「え、そうなの? なんで?」
ここでアイリはその理由について、少しだけ興味を持ったことに裕也は気付き、このまま押し通せる自信が少しだけ湧いてきたため、この理由をさらに深めることにした。
「ほら、オレたちはミゼルを倒しただろ?」
「うん、そうだね。ユーヤお兄ちゃんが倒したんだよね? それはユナお姉ちゃんから聞いたから分かるけど……」
「だからさ、一応恩人扱いになるわけじゃん?」
「一応はいらないと思うけど……」
「まぁまぁ、そこはオレの口から言うものではないからさ。一応にしたんだけどな……。そこは大事じゃない。大事なのはここからだ」
「うん、なに?」
「例えばオレがこうやって外に出るとするだろ? すると、通りかかった警備兵たちが『どこに行くんですか?』って尋ねてくるわけだ」
「うん」
「それでオレが『気晴らしに外に出掛けるんですよ』って答えると、『恩人が危なくない様に警護させてもらいますね』っとなる可能性がある」
「あるかもしれないね」
「オレ的には気晴らしに一人もといユナと二人で出かけたいのにそれが出来ないわけだ。それがこうやってこっそりと出かけてる理由なんだよ」
裕也からすれば、もっともらしいことを言ったつもりだった。いや、これ以上もっともらしいことは言える自信はないぐらい、素晴らしい理由が出来たはずなのだ。だからこそ、後はアイリが、この言い訳に納得してくれることは祈ることしか出来なかった。
時間にして数秒。
アイリの口が開く。
「納得は出来たよ?」
その言葉に裕也は汗でじっとりしている手を握り締める。ガッツポーズの代わりだった。心の中ではしっかりガッツポーズをしていたが……。
しかし、アイリの言葉はまだ続く。
「――けどね、それを信じてかどうかは別問題だよね? こっちには素晴らしい味方がいるから。ねっ、セイン」
ここで珍しく堂々とした態度でセインの名を呼ぶ。
そこで裕也は何かの違和感に気付くが、その違和感が何なのか理解することは出来なかった。
「そうだな、アイリ」
その呼びかけにあっさりと答えるセイン。
「呼び捨て? あれ? アイリちゃんはセインさんのことが……」
アイリがセインのことを呼び捨てしたことを指摘した事に気が付いたと同時に、裕也もまたアイリがセインに対して恐怖を抱いていないことに気が付く。
その言葉にアイリは「ふふん」と自慢そうに鼻を鳴らし、
「実はねー……セインはボクが王女様であることに気が付いていたんだなー!」
と、小声ではあるものの、そのことを自慢そうに裕也たちへ報告した。
瞬間、裕也とユナはピキッ! と固まってしまう。
これほど重大なことを誰にもバラさないように気を付けていたにも関わらず、セインにはバレていたことが信じられなかったのだ。
裕也たちはそんな固まった状態でゆっくりと元凶でありそうな人物――レオナの方を向く。
まさか自分を見られると思っていなかったレオナは「え!?」と驚いた表情をした後、慌てて首を横に振り、
「違います! 違いますよッ! 私がバラしたわけじゃありません!」
そのことを全力で違うと否定した。が、すぐに「あッ!」と声を漏らし、
「全然バラしてないってのとは少し違いますが……」
小声で自分が一枚噛んでいることをあっさりと認めた。
その反応に対し、この場でそれを絶対に噛んでいるであろう張本人――アイリを見ると、困ったように頭を掻きながら、苦笑いを溢していた。
「この話、結構奥が深いんだよねー……。だから、バラしたくてバラしたわけじゃないの。どっちかっていうと、必然的な流れでバレたって感じかな……」
「全然意味が分からないぞ。ちゃんと詳しく教えろよ」
アイリの歯切れが悪いため、ちゃんとした説明を求めると、
「それには私が答えよう」
と、今までのやり取りを見ていたセインが、自分から説明することを進言した。
裕也とユナはセインがそう言ってくると思っていなかったため、一度お互い顔を見合わせた後、
「「よろしくお願いします」」
二人で説明することを求めた。
二人から許可を貰ったセインは、あの時のことを思い出したのか、ちょっとだけ懐かしそうに笑う。
「単純な話、二人が入れ替わる瞬間のその場にいたってだけの話だよ。いや、元々の正確な話をすると、王女様がアイリにそのことを話してる時に聞いたってことかな」
念には念を入れているためなのか、本来であればレオナを呼び捨てにするはずだが、アイリのことを呼び捨てにするセイン。そのことが悪いと思っているらしく、アイリの方へ身体を向けて、そのことを謝罪しようとするも、アイリに制され、謝罪することは拒否された。
その様子を見ていた裕也は、
――根本的なところからダメダメじゃねぇかよッ!
と、思わず心の中で突っ込んでしまうのだった。
ユナもユナで目を丸くして、その発言に驚いていたようだったが、最後には呆れたため息を一つ漏らしていた。