(23)
裕也はとっさに自分が行ってしまった行動に驚きつつ、本当に鬼を殺したことを確認するために、鬼の元へと力のない足取りで鬼の元へと近寄る。それは必然的に、ユナにも近寄るということになってしまう。
「……本当に死んでるのか?」
近寄り次第、ユナにその確認を取ると、「はい」とユナもまた力の入ってない声でそう答えた。
「そうか、死んでるのか……」
分かっていたとはいえ、その実感が手に残っているわけでもないので、裕也は反応に戸惑ってしまう。が、ミゼルが自分の一撃によって死を迎えたということは間違いのない事実のため、その事実が心に思いっきり圧し掛かってきた。けれど、そのことに後悔しているつもりもなかった。なぜなら、この一撃でユナが生きているのだから……。
「すみません、私のせいで……」
そんな複雑な心境の裕也とは別にユナの声は罪悪感に溢れていた。いや、声はすでに涙混じりのものになっており、必死に泣くのを我慢している様子だった。
「ユナが悪いわけじゃないだろ。ユナがバランスを崩したのはきっかけにはなったけど、いつかはオレがやってたさ。だから、そんな罪悪感に押しつぶされるなよ。殺したのはオレなんだから」
「それでも……ッ! 私の気持ち分かってましたよね!? だから、撃つの待っててくれたんですよねッ!」
「……別にユナのためじゃないさ」
「私がチラチラ裕也くんに視線を送ってたり、顔を横に振ったりしてたの、気付いてたじゃないですかッ!」
「偶然だっての」
「ウソつかないでくださいッ!」
そう言いながら、ユナはようやく裕也へと顔を向ける。
必死に涙を流すのを我慢していたらしいが、とうとう我慢出来なくなってしまったらしく、裕也へ顔を向けた瞬間、一筋に涙が右の頬を伝う。
それに気が付いたユナはその涙を手首で拭うと同時に、その行為が涙を流すきっかけをつくってしまったのか、今度は左目から涙が流れる。最初は左右交互だった涙も最終的には両方からどんどん涙が溢れ、ユナは上手く喋れなくなってしまった。
そんな罪悪感に飲み込まれたユナに対して、裕也は何をしてあればいいのか、まったく分からなかった。けれど、何かしてあげたくて――いや、自分もその罪悪感が湧き上がってきてしまったため、その気持ちを少しでも誤魔化したくなり、ほぼ無意識の形でユナの頭に手が伸びる。結果、ユナの頭を撫でるという行為になった。
「泣くなよ。ユナは悪くないから。だから、安心しろ。オレの頼みを聞いて、囮になって時間を稼いでくれて……よく頑張ったよ。ありがとうな」
「……ッ!」
「だから、そんな後悔に満ちた顔なんてするなよ。悲しむのはいいけどな……」
「……バカ……」
そんな小さな声と共にユナはその顔を見せないためにか、裕也の胸に顔を埋めて、その中で声を押し殺すようにして泣き始める。
裕也の撫でる手もまた頭のてっぺんから後頭部へと変わり、そのまま泣き止むのを自然と待つこととなる。
――まるでオレの代わりに泣いてくれてるようなものだな……。
実感がないからこそ、自分の犯してしまったことの重さが裕也には未だに分からなかった。だからこそ、こうして泣いてくれているユナに心の中で感謝していたが、そのことを口に出すことはなかった。そんなことを言ってしまえば、今後このような状況になってしまった際に、迷いなく人を殺してしまいそうな気がしたからだ。そのたびにユナが悲しみ、こうやって泣く羽目になってしまう。確定ではないけれど、そんな気がしてしまったせいだった。
〈さて、私のお仕事も終わりかな?〉
そんな中、呑気そうにそう言う妖精の声が裕也の頭の中に届く。
――ありがとうな。本当に助かったよ。
〈無償で手伝ったわけじゃないけどね? 契約でそうなってたから、ここまで手伝っただけだよ〉
――ああ、そういや契約だったな……。
〈そういうわけで魔力の徴収をしたいわけなんだけど、大丈夫かな?〉
――あー、徴収するのはいいけど、その前に聞きたいことがある。
〈何?〉
――アイリと王女様、セインはいつになったら目が覚めるんだ?
裕也はそう言いながら、まだその場に横たわっているアイリとレオナ、セインに視線を向ける。三人はともまだ目が覚めないらしく、起き上がってくる気配すら一切なく、まだ夢の世界にいるようだった。
〈さあ? そんなに長い時間眠ってるわけではないと思うよ? その魔法をかけたミゼルは死んじゃったわけだし……〉
その発言から今回妖精はユナの時みたいに起こそうとしていないことに裕也は気付いた。が、ユナを起こした時は状況が状況だったということを踏まえて考えると、今さら起こしてほしいとは言えなかった。
――オッケー、分かった。とりあえずご苦労様だよ。ありがとうな。
〈じゃあ、そういうことで!〉
――って、あと少し待ってくれ!
〈え、ええ!? またッ!?〉
――ユナに一言言っておきたいだけだよ。それが終わったら、徴収していいから!
〈あ、そういうことね。うんうん、いきなり倒れたら心配するもんね。分かったよ、待つよ〉
――倒れること前提かよッ!
〈むしろ、倒れないと思ってるのッ!? まぁ、いいから。早くしてね?〉
――分かったよ。
妖精の早く徴収したいという気持ちを呆れた口調から察しつつも、そのことに突っ込むことは止めて、ユナにこれから倒れることを伝えることにした。
「ユナ」
「……はい、なんですか?」
さっきまで泣いていたユナはまだ涙声であるものの、ある程度は落ち着いたらしく、乱れた呼吸も落ち着きを取り戻しつつあった。
「これからオレは妖精に魔力を徴収されるらしいんだ。どれぐらい使ったか分からないけど、倒れることは前提らしい」
「……死なないんですよね?」
「『死』に敏感過ぎだろ。妖精のことだし、死なない程度の徴収だろうよ。日数かけてだけど……」
「そうですよね。……すみません。伝えたいことは分かりました。安心して倒れてください。あ、アイリちゃんと王女様、セインさんのことも」
「話が分かってて助かるよ。最後の最後に迷惑かけてごめんな」
「いえ、こちらこそです。裕也くんが居なかったら、私は……」
「それは言うなって。とにかく頼んだ」
「はい」
そう言って、裕也はユナの頭を一撫でした。こうする以外の行動が思いつかなかったからである。
〈じゃあ、徴収!〉
妖精も裕也からユナの伝えたいことが終わったことを理解したらしく、裕也が声をかける前に徴収を開始。
そのことに裕也は突っ込んでやりたかったが、そんなことを言う前に目の前がいきなりブラックアウトし、そのまま意識は闇に飲み込まれた。