(22)
〈ほら、そんなに見とれなくてもいいから!〉
裕也がしばらくユナの姿を見守っていると、精霊がそのことに茶々を入れるようにそんなことを言ってきた。
――見とれてはない。けど、やっぱり殺すしか取れない選択肢なんておかしいよな……。ユナの顔見てたら、そんな風にしか思えなくてさ。
こちらに視線が向けられない戦い方をしている以上、ユナの顔は時折見えてしまうため、そのことが手に取るように分かってしまう裕也はそう呟いた。
〈え、そうなの? 必死に戦ってるようにしか見えないんだけど……〉
裕也の言葉とは真逆の反応を取る精霊。
正解の表情としては精霊が見る表情が正しいことは間違っていなかった。現にユナは裕也ほどの余裕がない表情で攻撃を避けているからだ。
しかし、裕也が見て取れたのは心の奥にある表情だった。鬼の殴打攻撃は食らわなくても、一撃食らえばそれで終わりであることは裕也とユナは手によるように分かっている。だからこそ、必死な表情になってしまうのは必然なこと。が、その奥にあるミゼルをなんとかしたいと想う気持ちが時々顔を出しているのだ。それが『ACF』を通して、強調してくるように訴えかけてくるのだから、裕也はその気持ちを敏感に察知してしまっていた。
そのことを精霊に説明したところで、きっと分かってもらえないことは分かっている裕也は、
――ユナの気持ちは置いとくとしても、オレにその気持ちがないわけじゃない。なんとかミゼルの意識を取り戻す方法はないのか?
望みは薄かったとしても、そのことを尋ねることになってしまった。
〈意識を取り戻す方法か……。さっきまでの覚悟はどこにいったんだか……〉
――呆れてるよな。
〈うん、それはもうね。『二人になった瞬間、気持ちに余裕が出来た』とか『ユナちゃんの気持ちを汲んで』とか色々考えられるのは分かるよ? 分かるけど、どうにか出来るものと出来ないものがあるのは理解してほしいよ。あ、矢は無事に完成したよ〉
――サンキュ……。
裕也は精霊の言葉を少しだけ痛く感じながら、自分の手から少しだけ宙に浮いていた矢を手に取る。が、手に取るだけで、トリスに構えることはなかった。
それは先ほど自らの口から言ったように、ミゼルの心臓辺りを射抜く覚悟が出来なかったためである。
〈今さら悩んでても仕方ないでしょ? それよりもユナちゃんを危険な目に合わせるつもり? 今でも結構必死なのに、これ以上待たせたらダメージ食らっちゃうよ? それで後悔するのは誰なの?〉
そんな裕也を叱りつけるような口調で裕也にそう言う精霊。
――そんなこと分かってるっての。分かってても動けない時だってあるだろッ!
〈分かってたとしても、動かないといけない時だってある! それぐらい分かってるでしょッ!〉
――もちろんだよ!
『今後どうなるか分からない人間とこれからを生きる人間。この二つをどちらかを選べ』と問われた場合、『これからを生きる人間』を選ばないといけないことは裕也にもちゃんと分かっている。どこかの漫画やアニメの主人公のように、第三の選択肢を作れるほどの力量もないことも。だからこそ、選ぶという選択肢しか取れないことも……。
そのせいもあって、裕也はトリスの弦に矢をかけ、いつでも射抜けるように構えた。狙いはすでに鬼もといミゼルの心臓あたりに狙いを定めて……。
が、その時偶然にも鬼の背後から見えたユナが顔を横に振る姿を目にする裕也。
その行為が攻撃を避けている最中に偶然起きたものなのか、それとも故意的にやったのか、裕也には分からなかった。分からなかったが、弦を引く力が抜け、自然とトリスを下ろしかけた時――。
「あ……ッ」
攻撃を避けているはずのユナから信じられない動きと声が裕也の耳に入ってきた。
「おい……ウソだろッ!」
それはなんてことのないバランスの崩し方だった。ステップし、着地しようとした足がカクン! となってしまったらしく、なんとかバランスを立て直すもそれは次の攻撃を避けられないことを意味していた。
それは鬼も直感的に判断したらしく、今までに殴打を繰り返していた鬼だったはずなのに、この時ばかりは右拳に魔力を溜め始め、光らせる。そして、その拳をユナへと振り下ろし始めた。
そして、ユナはその一撃を食らう覚悟をしており、一瞬にして絶望の表情へと変わる。
「……ッ!」
だからこそ、裕也はトリスを構えることなく下に下ろした状態で弦を引き、すぐに引き離した。矢はその行動に従って放たれ、当初の狙い通り、鬼の心臓辺りに向かって飛んでいく。
〈あ……ッ〉
精霊は裕也の瞬時の行動に驚きの声を漏らした時には鬼の背中に到達。そして、背後から心臓辺りをあっさりと打ち抜く。
「うがッ!?」
心臓を打ち抜かれた鬼は顔面にパンチされたかようなあっさりとした声を上げ、ユナに攻撃をしようとしていた慣性のまま、倒れ込み始める。
ユナはその様子に上手く反応が取れないまま、その光景を切望したままの表情で見続け、倒れ込んできた鬼を、身体を逸らすことで回避。その様子を顔で追いかける。
倒れ込んだ鬼は再び起き上がることなく、地面に血を流し始めた。