(20)
それから裕也は余裕で鬼の攻撃を避け続けていたものの、さすがに体力の限界を迎えて来たのか、今までのように余裕で躱せなくなってきてしまう。しかし、未だにクリティカルヒットは一個もなく、頬や服をかする程度ではあったが、このままではマズいと思うには十分な出来事だった。
そんなピンチを迎えつつある裕也に対して、妖精は心配の言葉一つかけることなく、ずっと無言を貫いていた。
それはユナを起こすことに集中しているせいである。
どんな睡眠魔法をかけられたのか裕也には一切判断がつかなかったが、途中からは矢の研磨すらしなくなったことから、まずはそっちに集中したことだけは理解出来た。そのため、なるべくは声をかけないようにしていたが、自分がどんどん追い込まれていくことを考えれば、声をかけないわけにもいかず、
――おい! まだなのか!?
と、少しだけ声を荒げて妖精に尋ね、急かした。
しかし、妖精は何も答えない。いや、答える余裕すらないのか、反応する気配さえ見せなかった。
――ちっ!
それでも分かるように裕也は心の中で舌打ちを漏らす。それだけ怒りと焦りが混じっている証拠だった。
さすがに裕也の怒りを感じて、これ以上答えないのはマズいと思ったのか、
〈もうちょっとなんだから、そんなに急かさないでよッ!〉
妖精もまた焦りが含まった声で裕也に反応した。
そんな反応でも裕也はなぜか少しだけホッとしてしまい、
――反応しないのが悪いんだろうがッ!
思わず思っている事とは反対の言葉を言ってしまう。
――そんなことより調子はどうなんだよッ! 冗談抜きでそろそろ限界が来そうなんだけど……。
〈そんなの分かってるよッ! こっちもこっちで最後のプロテクト解除してるんだから、待ってよ!〉
――プロテクト?
〈うん。ミゼル、簡単に私が起こせないように面倒な睡眠魔法の設定にしてたの。たぶん、ユナちゃんだけをね〉
――魔力の使い方の関係のせいだな。
〈うん、その通り。だから、なかなか面倒なの。それにミゼルの意識があった頃と比べると、なぜか私の魔力を阻害する力も強まってるし……〉
――強まってる?
〈うん、なぜかね。だから、時間がかかってるの……〉
そのことを知る由もなかった裕也は思わず花しけかけてしまったことに対し、少しだけ悪いことをしてしまったのでないか、と思い始めてしまう。だからこそ、邪魔をして悪かったと謝ろうと思った矢先――。
〈大丈夫、気にしなくていいよ。もうすぐ終わるから〉
裕也が謝罪しようとしていたことが分かったらしく、妖精が先に口に開き、謝罪すること拒んだ。
そのせいで次に出す言葉が思い浮かばなくってしまい、
――そうか……。
と、不愛想な返事になってしまう。
〈そんなことよりも問題としては魔法を解いたとしてもすぐには起きないことかな? ううん、こればかりは抵抗力の問題だから、最長でも五分ぐらいかかる人もいるの。だから――〉
――五分!?
〈うん、五分。たぶん、ユナちゃんなら大丈夫だと思うけど……〉
――……分かった。五分ぐらいならなんとかしてみせる。
妖精の申し訳なさそうな声に、裕也は嫌がる素振りを見せることは出来なかった。いや、先ほどの謝罪の件や今までの頑張りを考えると、そんなことを言える立場ではなかったのだ。それに、五分ぐらいならなんとかるという自信もあったため、しっかりと答えることが出来ただけだった。
が、そんな裕也の意気込みをあっさりと打ち消すかかのように、
「えっと……あれは? 私は……?」
と、場の状況が上手く出来ていない間抜けな声が裕也の耳に入ってくる。
それは裕也も同じであり、五分はかかならなくてももう少しだけ時間がかかると思っていたため、
「もう起きたのか!?」
思わずびっくりした声で尋ねてしまう。
〈もう起きちゃったんだ……。こんなに早く起きるなんて、私も想像してなかった……〉
妖精もまたユナの起床が予想外だったらしく、驚きの声を漏らしていた。
「え? あ、は……って、攻撃受けてる最中にそんなことを尋ねてる場合ですかッ!?」
ユナはまだ半分寝ぼけた状態だったが、裕也が攻撃を受けていることを知ると同時に意識が一気に覚醒したらしく、手を鬼へと向ける。そして、それに応えるかのように鬼の後ろに魔法陣が展開される。その魔法陣は鬼の動き、ユナの手の動きに付いて行き、程なくして魔法陣から鎖が出現。その鎖によって、鬼は動きが制限されてしまう。
裕也はその隙に鬼から大きく離れて、ユナの元へと近寄る。
「状況は思い出したか?」
そして、そんなに長く説明している時間はないと思い、寝る前までのことを思い出しているか尋ねた。
「あれが、先生ってことでいいんですよね?」
「ああ」
「あの様子だと……意識も……」
「その通りだ」
「……ッ!」
ユナの魔法によって束縛されている鬼もといミゼルの姿を見てられないとでも言いたそうにユナは一瞬目を逸らす。しかし、目を逸らしたところで現状が変わらないことを察したのか、再び鬼へと視線を向ける。
「どうするつもりですか?」
そして、裕也の考えにすがるような声で、裕也へ残酷な質問をした。
――ユナの奴、もう分かってるんだよな……。
裕也はユナがその質問を分かっているからこそ尋ねてきたものだと判断してしまい、裕也はちょっとの間答えることが出来なかった。
その間にユナは裕也のどんな答えを出すのか分かってしまったらしく、
「そう……ですか……」
と、諦めた声でそう裕也の考えていることを理解した。
「反論とかしないのか? 殺すっていう最低な考えなんだぞ?」
ユナだったら反論して来るだろうと見越していた裕也は、ユナがそれでいいと思っていないことを裕也もまた分かっていたため、そのこと対しての反論を求めた。
「何を言ってるんですか?」
「え?」
「珍しく鈍感ですね」
「何がだよ?」
「反論する立場だとしても、その代わりの方法を思いつかないんですよ。反論出来るのは、それよりも良い手段を見つけられた人が言う言葉なんです。残念ながら、私にはその資格がないんですよ……ッ」
ユナは悔しそうな表情をしながら、自分の両手をギュッと握り締める。そして、小さく歯軋りまで立てた。
「……悪いな……」
裕也はユナの気持ちに気付いてあげることが出来ず、素直に謝罪することしか出来なかった。
しかし、ユナはその謝罪に対して、言葉一つ、行動一つ取ることはなかった。