(17)
――危なッ!
そう思うには十分な一撃だった攻撃だったため、裕也の額からは一筋に汗が流れ落ちる。同時に先ほどの殴られた際の痛みがジンジンと蘇り、今の一撃を食らえば、『これでは済まない』という警告を出していた。
だからこそ、裕也は持っているだけの全神経をミゼルへと集中させる。挙動一つ、呼吸の乱れさえも見逃さない。それほどの神経を使って。
〈さすが! 私が言うよりも先に反応するなんて……〉
――ちょっと黙ってろ。
〈あ、ごめん〉
――いや、一つだけ聞かせろ……ッ!
妖精との会話が始まったことにより、裕也の集中力の綻びが出来るタイミングを見計らっていたかのように、ミゼルの地面に向けられていた攻撃が裕也の顎に向かって放たれる。
しかし、会話ぐらいで集中力を乱していなかった裕也はそのアッパーカットをバク転し、顎に当てないように回避。そのまま距離を取ろうと試みるも、顔を上げた目の前にはすでに間合いに入られており、次の横殴りの右は回避することは不可能だった。
――どうする!?
そんな状態でも裕也の頭の中ではその攻撃をどうやって回避するかを考え始めていた。
が、実際はそんなことを考えている暇なんて時間はないに等しく、考え始めたと同時にその攻撃は裕也の頬に直撃、そして顔を歪ませる。
けれど、裕也はその状態から自然と身体が動き、その横殴りに攻撃に対して、その攻撃のダメージを少しでも受け流すかのごとく、身体を一回転させた。
「ん……?」
確実に入った一撃に対し、ミゼルは何かの違和感を即座に感じ取ったのか、殴った後の姿勢のまま裕也を見た。
「あれ?」
裕也もまた身体の体勢を立て直してから、今自分がしたことの理由が分からずにきょとんしていると、
「ふん!」
再び横殴りの攻撃が裕也の右頬に向かって飛んでくる。
が、裕也もまた先ほどの回避の感覚を『ACF』の能力により、完全再現が可能だったため、再び同じ要領で今度はダメージを一切受けることなく避けた。
〈相手の攻撃を受け流す方法を取るとは……さすがだね!〉
裕也からすれば、その原理を考える前に避ける方法を取っていたため、妖精に改めてそのことを言われて、自分がミゼルの攻撃を避けることが出来た原理を知ることが出来た。
――その原理があるのは知ってたけど、これ今日が初めてやる回避なんだけど……。
〈え、そうなの?〉
――こんな危なっかしい回避なんて普通するかよッ!
〈そう言いながら、避けているのは誰!〉
――オレ、なんだどッ……さッ!
ミゼルは裕也の避け方が気に入らないらしく、何度も殴りかかってくるも裕也はその方法で避け続けていた。いや、距離を取ろうと思っていても、ミゼルに距離をあっさりと詰められてしまうため、このような避け方を続けることしか出来なかったのだ。
ただ一つ誤算なのが、この避け方を一回一回こなしていく内に、その避け方の精度がどんどん上がり、どの方向からの攻撃も最終的には初見で避けられるレベルになっていた。
そして、その影響か裕也は妖精と会話する余裕もどんどん出来始めていた。
――それで、さっきの続きを話したいんだけどいいか?」
〈いいけど、大丈夫なの?〉
――体力的な問題ではあるけど、なんとかなると思う。
〈あ、そう。それで何?〉
――みんな、大丈夫なのか? そろそろ、起きそうな奴が一人ぐらいはいてもいいと思うんだけどさ……」
〈あー、ちょっと待ってて。調べる〉
――なるべく早くな。
そう言って、妖精が無言になること数秒。
〈ん、分かったよ〉
と、裕也の心に話しかけてきた。
――それで?
〈全員無事なんだけど、催眠系の魔法が付与されてるみたい。だから、自力で起きることは難しいんじゃないかな?〉
――なるほどな。つまり、先生もオレに攻撃をして、眠りに――。
〈あっ、今は違うと思うよ、それ〉
――え?
ユナたちが魔法によって眠らされている状態であると知った裕也は、自分もまたユナたちと同じよう魔法で眠らし、その隙に逃げようと踏んだが、妖精のその一言に疑問を想ってしまう。
〈気付いてないの? しょうがないなー。ミゼルの目を見てみなよ。
――目?
〈うん、目。そして、全体の動き〉
裕也は言われた通り、未だにがむしゃらに拳を振りまくっているミゼルの目を見てみた。
ミゼルの目はまるで今まで持っていた意思の含まった光はなく、まるで目の前にいる敵をただ殺そうとしているだけのような意思が全く見えない目になっていた。
――も、もしかして……。
〈ユーヤが考えている通りの答えであってると思うよ〉
――いつからなんだ……。
〈ついさっきなんじゃないかな? さすがに私も分からない。けど、一つだけ言えるのは、こうやってユーヤが必死に攻撃を回避してて、『なんとか攻撃を当てたい』と執着するあまりに、その余裕がなくなって、ミゼルの意識が飲まれたんだと思うよ〉
――オレのせいじゃないかよ……ッ!
妖精の言葉を聞かされた結果、裕也は自分の行動のせいでミゼルの意思が飲まれたことを知り、ショックを受けてしまう。が、攻撃だけは今まで通り、余裕で避けることが出来ていた。それはミゼルの意思がなくなり、攻撃を当てようと必死になった結果、一撃一撃が大振りなものになっていたからだ、と容易に予想出来た。
だからこそ、裕也は改めて意識を地面に振り下ろす一撃に集中して、あっさりと回避。そして、その腕を軽く駈け上り、ミゼルもとい鬼の頭を踏みつけるようにして、反対側へと移動して距離を取った。
ミゼルだからこそ、頭を踏みつける行為は出来なかったが、鬼になったと知った裕也に、ミゼルの頭を踏む躊躇いは何一つなかった。