(4)
「気を取り直して、先ほど尋ねようとしていたことを言いますね。実はあの日記にミゼル先生のこと書いてありましたよ。レオナの両親の前の国王の娘だとか、王女様を襲おうとした日のやり方まで。ここまで書いてあって、まさか犯人じゃないとは言いませんよね?」
そう尋ねるとミゼルはビクッとし、顔を前髪で隠すように俯かせてしまう。そして、先ほどまでの怒りから雰囲気が変わり、触れてはいけないことに触れてしまったせいなのか、どす黒い雰囲気へと変わっていく。
――やっぱり日記が証拠と思ってるせいで、こんな鎌掛けでも通じるのか……。
裕也が昨日気付いたように、ユナが頑張って日記を読み終えたものの、その日記には証拠になる内容は一切書かれていなかった。この日記が証拠と思っている人間ほど、ウソの内容でも効果が高く、その内容の信憑性が異様に高くなってしまう。そのため、裕也がこんな風に言うことをあらかじめ伝えておいたユナとアイリ以外の二人――レオナとセインもまた驚いた表情を浮かべていた。
「ミゼル先生が……前の……」
裕也がミゼルに伝えたアイリの前の国王の娘であることが信じられないかのような表情で、両手で口を覆い隠して、そう呟く。
「なるほどな。今頃になって復讐ということか……ッ!」
セインは過去のアイリの両親がしたことを知っているらしく、表面に出そうな怒りを心の内で留めながら、ミゼルにそのことを尋ねた。
そんなセインの問いかけに、どす黒い雰囲気をこちらもまた飲み込むように一度深呼吸をすると、
「アベルの奴、余計なことまで書きやがって。『絶対に書くな』って言っておいたのにさ」
と、髪の毛を掻き上げる流れで自分の顔を上げる。
その顔は今まで裕也たちが見たことがない表情だったため、裕也の身体にゾクッとした寒気が走ってしまう。
それぐらい今まで憎しみの炎に包まれ、血走っていたのだ。
「やっぱり無理矢理日記を盗んでおけばよかったね。セインが火傷してるって分かっていたら、自分もケガしてたとしても誤魔化すことが出来たのに……」
唯一の汚点とでも言うかのように、忌々しげに呟くミゼル。
「そんなことしても誤魔化すことは出来ませんよ。先生」
ミゼルの汚点が間違いであることをユナが口を開く。
「どういうことかな?」
「だって、日記には先生の言う通り、この件に関しては何も書かれていませんでしたから」
「何も書かれてなかった? でも、ユーヤくんは……。ああ、そういうことか……」
「はい、その通りですよ」
鎌掛けであることに気付いたミゼルは悔しそうに苦笑を溢し始める。そして、裕也を鋭く睨み付けながら、
「どこまでが鎌掛けだったんだい?」
と、裕也たちがどこまでの情報を手に入れているのか、そのことを尋ねた。
「日記に書いてあった。これだけがウソです。あとは違う方法で全部入手しました」
その質問に裕也はあっさりと答える。
むしろ、そのことに答えないと未だに分かっていない情報を手に入れることが出来ないと思ったからだ。
「へー……。よく自分が前の国王の娘だって気付いたね。それよりも、自分がよく犯人候補に挙がった理由から説明してもらおうかな?」
「それは先生が『セインが真犯人であるような推し方』をするからですよ。そのことに気が付いてから、『オレたちは先生の手で踊らされようとしてるんじゃないか?』って考え直すことから始めました。だから、候補に挙がったんです」
「そこかー。程よくにしておけばよかったねぇ。いや、自分がユーヤくんに対して、好意を持ってしまったことがダメだったのかもね」
それが自分の失敗であると言わんばかりに悔しそうに呟くミゼル。
そのことを知らなかったセインだけが「はぁ!?」と驚きの声を漏らすも、そのことに気が付いていた裕也たちは特に驚くことはなかった。
「やっぱり知ってたのかい、ユーヤくん」
自分が好意を持っていることを気付いていると分かっていたのか、ミゼルは何の反応もしなかった裕也にそう聞いた。
「まぁ、そこはなんとなくですけど……」
「やっぱり勘がいいねー。その勘は脅威になると分かっていたけど、まさかここまで働くとは予想外だよ」
なんて、好意を持ってしまったことが一番の汚点であるかのように失笑するミゼルに、
――好きにさせたから分かったんだけどさ……。
と勘ではなく、魅惑能力のおかげでそのことが分かってしまっていたことを毒づく。
もちろん、裕也がそのことをミゼルに教えるわけがなかった。
それはこの場にその能力を持っていることを知らせてはいけないメンバーが居ることもあったが、それよりもユナが『そのことを絶対に教えるな』と言わんばかりにチラチラと見て来ていたからであった。
「まぁ、でももう遅いか。自分の正体もバレちゃったしさ。何よりも真犯人ってこともバレたし……」
過ぎ去った自分の汚点を振り返ってもしょうがないと判断したのか、大きく息を一度だけ吐いた後、キッ! と裕也たちをさっき以上に鋭い雰囲気で睨み付ける。
――これは……殺気ッ!?
今までのような怒りなどではなく、明確な殺意を持った重圧。
そのことに気が付いた裕也たちはこれから戦闘が行われることを自然に悟ってしまう。