(23)
「それより戦闘が起きた場合はどうするんだ? オレ、このままじゃ役立たずだぞ?」
裕也が自分の戦闘力不足の件を尋ねると、アイリはやはり昨日の夜と同じように顔をしかめる。
「んー、手はあるんだよ? あるんだけど、その手を使うことを決めるのは本当に早計なんだよね……」
「昨日から言ってるよな、それ? いったいどんな手を使うんだ? せめて、それだけ教えてくれてもいいんじゃないか?」
「別に教えるだけならいいんだけど……」
そう言いながら、アイリはチラッとユナを見る。
さすがに話かけないようにしたものの、ユナ自身は聞き耳を立てていたらしく、その視線に気付き、日記から顔を上げてユナを見る。しかし、今度は日記を閉じるようなことはせず、ただ反応しただけだった。
しかし、アイリはやはり困ったように裕也とアイリを交互に見つめるばかりで、なかなか言おうとしないため、
「よっぽどのことじゃないと私は止めないので、一応その考えを言ってもらえるといいんですけど……」
と、アイリが考えていることを言うように促す。
「それがよっぽどのことなんだよね……」
間違いなくユナに止められる確信があるのか、アイリはため息を吐くついでの流れとして漏らす。
「よっぽどのこと?」
現状、昨日よりも間違いなく進歩したと自負している裕也からすれば、その単語がどうしても頭に引っ掛かってしまい、それを再び尋ねて返してしまう。
再び聞き返された単語に、アイリはまたため息を溢し、
「だから、そう言ってるでしょ?」
と、少しだけイラッとした様子でアイリは答えた。
「あー、聞き返して悪かったよ。とにかくさ、その方法をもったいぶって、なかなか教えてくれないアイリも悪いんだぞ?」
「むー、分かったよ。じゃあ、教える」
「おう」
「単純に妖精に力の前借りを頼もうって思ってるだけだよ?」
「前借り?」
「うん、前借り。だから、ユーヤお兄ちゃんが妖精に矢の形成を頼めば頼むほど、あとでユーヤお兄ちゃんの魔力が吸収されるの。だから、下手すると魔力を全部取られて倒れる可能性もあるって話だよ」
「前借りね……」
裕也は腕を組み、前借りする必要性について考え始める。
現状、矢の生成は自力で出来るものの、時間がかかってしまう。つまり、その前借りの方法だと矢の生成が早くなることが手に取るように理解出来た裕也は、
「それ、断る必要が全くないよな。その方法を使おうぜ」
と、あっさりアイリの考えに乗ることにした。
「……そう言うと思ったよ」
アイリは裕也がそう言うことが分かっていたようにジト目で見つめ、
「矢の生成に魔力をどれだけ使うか感覚でも分かってないのに、ユーヤお兄ちゃんは自分が寝込まない程度の調整が出来るの?」
裕也が現状出来そうにないことをあっさりと尋ねた。
即座に裕也は首を横に振る。それは迷うことのない速さで。
「そこらへんはなんとかなると思うんだけど……。そう思わないか、ユナ?」
日記を見ながらも聞き耳を立てていることが分かっていた裕也は、ユナにそう聞くと、
「無理して倒れる想像しか付かないのは私だけですかね?」
と、冷静に返されてしまう。
アイリもそれに同意するように首を何度も盾に振っていた。
「なんで、二人ともそんな反応なんだよ。そもそも、オレが頑張ることは当たり前の話だとしても、二人だって手伝ってくれるんだろ?」
裕也が二人にそう尋ねると、二人とも迷った様子もなく、
「それはもちろん手伝いますよ?」
と、ユナはそんな質問をしてくるのか意味の分からない表情を浮かべながら、ジト目で裕也を見つめ、
「うん、ボクも手伝うよ? けど、ボクたちだけに任せるわけにはいかないって感じで、ユーヤお兄ちゃんが無理する姿も簡単に想像が付くだけ」
アイリも裕也が行いそうな行動を想像して、忠告するように言い切る。
「うっ」と思わず裕也は漏らしてしまう。
それはまさに現在進行形で思っていたことだからである。二人に戦闘に任せるということは、それだけ二人が危険な目に合うことが分かりきっているからだ。役に立たない人間は足手まといになり、敵はそういう脆い部分を間違いなく狙ってくる。つまり、自分の無力さを感じてしまうほど苦痛な状況はない。だからこそ、無理をしてでも頑張りたいと思ってしまうのであった。
「やっぱり図星なんだ……」
アイリは自分の考えていたことが本当に当たっているとは思っていなかったことを望んでいたらしく、残念そうにそう呟く。
が、今度はユナがため息を一つ溢し、
「でも、譲る気ないんですよね?」
と、改めて裕也が本気でそれを望んでいることを確認するように尋ねた。
もちろん、それが冗談であるはずがないため、
「当たり前だろ。これに関しては本気だぞ」
その質問に対し、裕也は間髪入れずに答えてみせる。
「分かりました。アイリちゃん、裕也くんの望むように前借りをやってくれませんか?」
ユナが裕也を説得すると思っていたのか、アイリは「えッ!?」と驚いた声を上げ、
「本当にいいの?」
と、その言葉の真偽を確かめるようにユナに問うと、ユナは「はい」と答えながら頷く。
「どうせ、説得したところで無理矢理にでもその方法を探してきそうですから。だったら、こっちから納得した方が早いと思ったんです」
「あー、精霊と話せる時点でなんとかしそうだもんね」
「はい。というわけでいいですか?」
さすがにユナにまで頼まれると断るわけにはいかないのか、あまり納得いかない表情を浮かべるも、しぶしぶと首を縦に振る。
「ユナお姉ちゃんにも頼まれたから、前借りの方向で行くけど、一つだけお願いがあるけどいいかな?」
が、簡単に納得するわけにはいかないらしく、裕也を真剣に見つめるアイリ。
「なんだ?」
「明日まで時間があるから、最後まで諦めずに訓練してもらってもいい? もし、それで戦闘で使えるレベルまでになったら、無理に前借りをしなくてもいいと思うから」
「あー、そういうことね。分かった」
アイリに言われるまでもなく訓練をしてもダメならの考えだった裕也は、アイリの提案をあっさりと飲んだ。