(7)
「いいんだよ! そもそも、誰のせいでこんな目にあったと思ってるんだよ!」
裕也はそう言いながら、少女の頭を掴み、手に力を入れる。もちろん、手加減をして。
しかし、手加減されているとはいえ、それなりの痛みはあり、
「いたたたっ! 痛い! 痛いよ!」
少女はその痛みの元である裕也の手を両手で掴み、その手を緩めようと必死になり始める。
が、すぐさま裕也は手を離し、
「名前は? 今まで名前聞いてなかったろ?」
と、何事もなかったように話しかけた。
少女はそのアイアンクローの痛みのせいで、少しだけ目に涙を浮かべ、肩で息をしながら、
「アイリ。アイリだよ……。うぅー、子供相手にムキにならなくてもいいじゃん」
不満を漏らしつつ、素直に名前を名乗った。
「アイリね、分かった」
「そういうお兄さんたちの名前は?」
「オレは山下裕也。裕也と呼んでくれたらいいよ」
「ユーヤね、分かった! それで――」
アイリは裕也からユナへと顔を向ける。
「私の名前はユナと言います。よろしくね、アイリちゃん」
ユナはペコリと礼儀正しく頭を下げた後、裕也の後ろに回って、アイリの元へ近付く。そして、先ほどアイアンクローしていた部分をゆっくりと撫で、
「ごめんね、アイリちゃん。この人が凶暴で。人間みんな、こんな感じじゃないから安心してね?」
変なフォローを入れ始める。
裕也はそのフォローが気に入らなく、少し不満を漏らしてやろうか、と思ってしまったがすぐにその考えを否定する。
それは戦争の件があるからだった。
――くそっ、こいつら……ッ。
拳をぎゅっと握りしめながら、必死に毒づきたい気持ちを抑える。
そのことをユナも気付いているらしく、アイコンタクトで「ごめんなさい」と送りながら、少しだけ頭を下げていた。
その気持ちがアイリにもちゃんと伝わったのか、
「大丈夫だよ! ボク自身、捕まるようなことをしたんだから。ユーヤお兄ちゃんとユナお姉ちゃんはそこから助けてくれた良い人だってことぐらい、分かってるよ!」
嬉しそうな笑顔をアイリへと向けながら、コクコクと何度も頷く。
裕也とユナはそのことにホッと胸を撫で下ろしたのは言うまでもない。
が、逆に裕也はアイリに聞きたいことがいくつかあり、それを聞くことにした。
「なぁ、アイリ」
「何?」
「なんで捕まってたんだ? いや、あれはお仕置きで良いのか?」
「うん、お仕置きだね! あ、最初に言っておくけど、また吊るさないでよ?」
「吊るしはしないけど、注意はするかもな。それぐらいなら良いだろ?」
「……んー、私としてはあまり良くはないけど、お仕置きがないならいいかな?」
「分かった分かった、しないしない」
「うん、じゃあいいよ! 私がしたのはね、お店の果物を盗んだの」
「ユナ、拳骨一発どうぞ」
アイリが行ったことを聞いた裕也が迷うことなく、ユナに命じる。
命じられたユナも迷うことなく、撫でていた手を振り上げるとそのまま平手でアイリの頭を引っ叩く。
ここでユナが平手打ちで済ましたのは、拳骨だと痛すぎるという判断からだった。
「いたっ!? うー! これってお仕置きに入るんじゃあ……」
「盗みは犯罪だからな」
「分かってるけど、生きるためには仕方ないじゃない。ボクの年齢だと働けないんだし……」
「親は?」
「いないよ。ボクがもっと幼い頃に亡くなっちゃったし……」
「あ……」
余計なことを聞いてしまったと思い、裕也が謝ろうとすると、
「いいよ、別に。何にも知らないユーヤお兄ちゃんが聞くのは当たり前だし」
と、アイリは大人びた口調を答えてくれた。
しかし、それでも少しだけ寂しさは隠しきれないらしく、雰囲気が一瞬重くなってしまう。
そんな寂しさに満ちてしまったアイリの心を癒すかのように、ユナが背後からアイリを抱きしめる。頭を撫でながら。
「それでもごめんね。裕也くんが変なことを聞いて」
「ううん、しょうがないよ。それにしてもユナお姉ちゃん、温かいね。まるでお母様に抱きしめられた時みたいに」
「そう? そう言ってもらえて、私は嬉しいよ。あ、余計なことを聞いた罰として、裕也くんにも何かお願いしてみようよ。きっと何でも聞いてくれるよ」
「え……だ、大丈夫だよ? 迷惑かけられないし……」
ユナの提案にアイリは何か思いついてしまったのか、裕也の方を見つめるも、ゆっくりと首を横に振る。その思いついたことを頭の中から失くすかのように。
最初はユナの提案に文句を付けようと思っていた裕也だったが、アイリのその様子を見て、すぐさま考えを改めた。それは、子供の考えることだから、そんなに大変なことは望まないと思ったからだ。
それと同時にユナからの視線もあったため、拒むという選択肢は取ろうにも取れない状況でもあった。
「この場で出来ることなら聞いてやるよ。ユナが言い出したとはいえ、それぐらいやってやるさ……」
この言葉を言うだけでも少し照れが生まれてしまった裕也は、自分の後ろ髪を掻きながら、アイリにぶっきらぼう気味に言った。
その言葉を聞いた途端、アイリの目が一瞬にして輝く。そして、後ろから抱き締めているアイリから抜け出すようにして、裕也の元へ近付き、
「本当!? 本当に本当!? ウソじゃないよね!? ウソだったら嫌だよ!? 本当に本当なんだよね!!」
その言葉が真実であってほしいと言わんばかりの真顔で、「本当」という単語を連呼し始める。
その真剣さに裕也は驚きつつも、
「お、おう。本当だって本当だから落ち着けよ!」
鼻と鼻がくっつきそうなぐらい近寄られてしまったため、アイリの両肩に手を置いて、グイッと引き離しながら、その言葉に何度も頷いた。
「あ、ご、ごめんなさい! て、テンションが舞い上がっちゃって……」
裕也の返事で意識を取り戻したらしく、そのことに反省しつつも嬉しさを隠しきれない笑顔を浮かべながら裕也へと頭を下げる。
「大丈夫だけど……、とにかく何がしてほしいんだ?」
「えーとね、ボクが言う体勢になってもらえる?」
「え? ああ、分かった」
「えーと、足を組んでくれるかな?」
「足を? あぐらでいいのか?」
裕也はアイリの言われた通りにあぐらを組む。
そして、間髪入れずにアイリはその膝の上に座り、裕也の身体に背中を預けるようにもたれかかる。
裕也はまさか座って来られると思っておらず、びっくりしてしまうも、すぐにそのアイリの小さな身体に手を回す。
「これがしてもらいたかったのか」
「うん。ユナお姉ちゃんみたいに抱き締めてくれる人はいても、こうやってしてくれる男の人はいなかったから……」
「……そうか。つか、それ、当たり前だ」
「だよねー。分かってたけど、やっぱり……ね?」
「ま、これぐらいのお願い簡単なもんさ」
「ありがとう、ユーヤお兄ちゃん」
アイリは凭れかかったまま、裕也の方へ顔を上げ、今まで見たことのない満面の表情を浮かべるのだった。