(19)
「――とは言っても、読まないわけには行きませんけどね。いくら、裕也くんの推測が当たっていたとしても、『もしかしたら』の可能性がある以上は。真面目に読まなくても、簡単な流し読みはしときましょうか」
しかし、すぐに先ほどの考えを否定して、ユナは再び日記を読み始める。
何も考えずに本を閉じてしまったことで、さっきまで読んでいたページが分からないならしく、読んでいたページを探しながら。
「それもそうだな。まぁ、そこはユナの好きにしていいんだけどさ」
裕也はいきなりの考えの否定に関して、反論することはなかった。
それは、ユナ自身仕方なく流し読みするという雰囲気が身体から出ていたからである。心の中では裕也の言葉に納得し、これ以上読み進める必要性を感じられないものの、『本当にもしかしたら?』があるのかもしれない。ただ、それだけのために読もうとしていることが分かったからだ。
――真面目な性格も本当に大変だよな。
読み疲れているにも関わらず、「はぁ」とため息を溢しながら読んでいるユナを見ながら、裕也はそう思うことしか出来ず、さっきよりは気持ち的に楽になったため、ぼんやりと天井を見ていると、「あっ」とユナが声を漏らす。
「ん? なんか見つかったか!?」
裕也はその声に反応し、勢いよく身体を起こす。
いきなり自分の考えが間違っていたのか。そう思われるには十分のタイミングだったからだ。
身体をいきなり起こし、真面目な表情で尋ねてきた裕也にユナはびっくりした顔で、
「い、いえ、違います」
と、慌てて首を左右に振る。
「なんだ。びっくりさせるなよ」
自分の考えが間違っていないことにホッとして、再び横になり、
「それで、今度は何に気が付いたんだ?」
と、改めてユナに尋ねた。
「『今度は』って……。別に大したことじゃないのでいいんですけど」
「ん? 大したことじゃない?」
「この日記は証拠としての存在じゃなくて、きっかけとしての存在だってことをアイリちゃんに教えてあげた方がよくないかなって思っただけですよ」
「どうやって?」
「どうやって、って……。念話以外の手段がないじゃないですか」
「あー、それもそうか」
裕也はそのことを完全に失念していたため、「んー」と少しだけ考え込んだ後、
「いや、それは今しなくてもいいや」
アイリに伝えることを拒否した。
その発言が意外だったらしく、
「何でですか? こういう大事なことは今すぐ伝えた方がいいに決まってるじゃないですか!」
またさっきのようなムスッとした口調で反論した。
しかし、ユナがいくらそんな反応を取ろうとも、裕也は念話をする必要が全くないと思っていたため、
「準備しなくていいから。とにかく、あと五分だけ待ってくれ。そしたら、アイリが部屋に戻って来るから」
不安すらない自信に満ちた声で言い切る。
ユナは裕也の自信に満ちた声のお願いに対し、怪訝そうな表情を浮かべ、情けなく息を吐いた。言葉には出さないけれど、『どこからそんな自信が来るんですか……』と呆れていることがバレバレだった。
――隠すつもりゼロかよ。
そう思ったとしても裕也はそのことに対して、突っ込むことは出来なかった。
なぜなら自分でさえ、「アイリが五分後に戻ってくる」と自信満々に言い切ることが出来たのか、分からなかったからだ。けれど、そんな気がしてどうしようもなかったからである。
「信じていいんですか?」
いつまで経っても裕也がその言葉を言い直すつもりがないと察したらしく、裕也へと尋ねる。
もちろん、そんなつもりがない一切ない裕也は、
「当たり前だろ。男に二言はない」
と、再び自信満々に言い切る。
「はいはい。分かりました。あと五分――いえ、正確には残り三分ほど待ちますね。それでも帰って来なかったら、念話することにします」
「……だからしなくて――」
「しますね」
「……分かった。それでいいよ」
裕也と同じくユナもまたそこは譲るつもりがないらしく、裕也の言葉を遮ってまで、念話することを強調してきたため、裕也はそれを仕方なく納得することにした。
二人の間に漂う雰囲気は再び険悪な状態になったにも関わらず、裕也はさっきまでとは違い、心に余裕があったため、ぼんやりと天井を眺め続ける。対してユナの方は、指定された時間になることが待ち遠しいらしく、時計をジーッと見つめながら、次第にイライラを募らせていた。
そして、残り一分となった頃に、
「あー、もう! 本当に帰って来るんですよね!?」
イライラがピークに達した状態で、裕也を問い詰め始める。
「落ち着けよ。なんで、そんなイライラしてるんだよ。まったく……」
裕也は怠そうに身体を起こして、ガシガシと髪の毛を掻きながら、ユナを宥める言葉をかけた。
「しょうがないじゃないですか! 人を待つほどイライラすることなんてないんですから」
「それは分かるけどさ。ったく、そんな風にイライラされたら、こっちまで不安になって来るだろうがよ」
「不安って……ッ! 今さら何を……ッ!? いえ、少しですから待ちましょう。十、九、八――」
と、アイリは裕也の発言に静かに怒りを爆発させながら、カウントをし始める。
裕也もまた外した時の恐怖を想像してしまい、乾いた口内を潤すために生唾を一度飲み、そのカウントが終わるのを大人しく待つことにした。
「三、二、一、ゼロ。はい、時間過ぎ――」
ユナの怒りが爆発しようとしたところで、部屋のドアノブがガチャと静かに回される。
「え?」
その音に驚いたようにユナは慌てた様子で立ち上がり、扉を見る。
裕也も内心、「マジで?」と思いながら、同じように扉を見た。
静かに開けられた扉の奥から姿を現したのは――裕也の予想通り、アイリの姿。
「え? どうしたの?」
そんな二人から驚いた表情で見つめられていたアイリは、不思議そうに二人にそう尋ねながら、部屋の中に入ってきた。