(13)
『王女様、本当に忘れてたんですかッ!?』
アイリが驚きの声を上げたことに驚くレオナ。
顔を見なくても、そのデメリットのことを忘れられていたことが信じられないという表情をしていることが裕也は容易に想像が付いた。
『う、うん。ごめん。そのデメリットを覚えていたら、ボクの口からちゃんと説明したのに……』
珍しく素直にアイリはレオナに謝る。さすがにこのデメリットに関しては自分の身のことがあるため、謝罪しないといけないと思ったらしい。
『……嫌がらせじゃなかったんですね。まったくもう……』
過去に何度かそういう嫌がらせをされてきたことがあったのか、レオナの口からまたため息が漏れてしまう。そして、再度の念を入れるように、
『デメリットの件は絶対に忘れないでくださいね? じゃないと、私が王女様の身代わりになれないんですから』
と、少しだけ声量を強めて注意した。
『はーい、気を付けるよー』
まるで王女様らしからぬ対応でアイリは素直にその注意を素直に受け止める。いや、二人の立場が完全に逆のような気がしてならないそんな感じさえもした。
――やっぱり王女様はレオナさんの方がいいんじゃないか?
場を和まそうという気持ちも少しはあったが、本心からそう思ったため、裕也はちょっとした意地悪の気持ちでそう言うと、
『あ、ユーヤお兄ちゃんもそう思う? 最近はボクもそう思うようになったんだよねー』
なんてアイリは少しだけ苦笑いを溢しながらそう言った。
その声は悲観的な物言いではなく、楽観的な言い方。つまり、アイリ自身が本心からそう思っているような感じだった。
『何をバカなこと言ってるんですか! 王女様はやはりアイリ様じゃないとダメです! 私じゃ務まりません!』
さすがにその発言にムッとした様子で答えるレオナ。冗談でもそんなことは言わないでほしい。そんな気持ちがレオナの言葉には含まれていた。
『ご、ごめんなさい。で、でも! レオナの方が王女様としての経歴は長いんだから、ボクよりもふさわしいと思ってもしょうがないじゃん!』
『そうかもしれませんが、冗談でもそんなこと言わないでください!』
『うぅー、しょうがないじゃん……』
アイリは少しだけ拗ねくれた様子でそう言った後、アイリは口を閉ざしてしまう。
そのせいで念話の状態にも関わらず、全員がなんて声をかけたらいいのか分からなくなってしまい、無言の状態が生まれた。
この場の空気をなんとかしたいと裕也は思ったが、アイリとレオナの双方の言い分が分かってしまうため、変に声をかけることが出来ずに困っていると、
『ごめんなさい、王女様。言い過ぎました』
と、レオナが謝罪の言葉を口にした。
状況的にも立場的にもレオナが謝罪することは間違っていないにも関わらず、そのことに対してなんとなく納得がいかない裕也だったが、余計な口出しをすればまたややこしくしてしまうため、そのことを口に出すことはなかった。
『いいよ、ボクも悪かったし……』
アイリはまだふて腐れた状態のままだったが、それでもこの状況が続くのは良くないと思ったのか、あっさりとレオナの謝罪を受け止める。
そのおかげでなんとなく空気自体はさっきよりも少しだけ柔らかくなったため、
『その、まだ質問があるんですがいいですか?』
この話題から逸らそうとユナが二人に尋ねる。
『そうだね。そういう約束だもんね。ユナお姉ちゃんが聞きたいことって何?』
『なんで二人は入れ替わったんですか? それなりの理由がありますよね?』
『あー、それね……。んー……言ってもいいかな、レオナ?』
今までのような何でも答えるというような雰囲気ではなく、森で出会い、両親のことを尋ねた時のような暗い雰囲気でレオナに意見を求めた。
その雰囲気がレオナも感じ取ったのか、少しだけ無言になった後、
『私個人の意見ですけど、話してもいいんじゃないんですか? 私たちの秘密を知られちゃいましたし、入れ替わった経由を話さないといけないのも流れ上、必要なことだと思います』
と、レオナは自分の意見をはっきりと口に出した。
『んー、それもそうか。だからと言って、現状と何も変わらないんだけどね……』
レオナの意見を迷うことなく聞き入れたアイリは困ったように笑いを溢しながら、そうぼやく。それ以上に、この流れが面倒と言わんばかりの言い方だった。
――どういうことなんだ?
だからこそ、裕也は思わず口を挟んでしまう。
きっとこれもユナが尋ねることが分かっていたが、どうしても自分の口から尋ねないと我慢出来なかったのだ。だからこそ、
――悪いな、ユナ。口を挟んじゃって。
念のため謝罪の言葉を言っておくことにした。
『いえ、大丈夫ですよ。気になっても仕方ないことですから』
――そっか、ありがとな。
『気にしないでください』
しかし、ユナは口を挟んだことを何も思っていないらしく、あっさりと許してくれる。
『ボクたちが入れ替わった理由はね、ボクの両親が暗殺されたことに関係があるんだよ』
裕也とユナの会話が終わったことを確認したアイリは少しだけ寂しそうな口調でそう語る。
この時点で裕也は先ほどアイリがぼやいた意味を悟ってしまう。
――つまり、現状と同じって……。
『うん、そうだよ。レオナが暗殺されそうになった現在と同じってこと。まぁ、今は暗殺を出来ない状況になってるから、ちょっとは違うかもしれないけど』
――だから入れ替わったのか?
『……軽蔑しちゃった? ボクがレオナを影武者にして、自分の身を守ろうとしてることに……』
アイリはそこで自傷するように笑う。
アイリ自身が人として最低なことをしていることを分かっており、それを自分から咎め続けていることを明らかにしているような笑い。同時にその笑いの中にはこうすることでしか自分を守ることが出来なかったことを後悔している気持ちさえ混ざっているような気がした。
――そんなことないさ。それだけの状況だったんだろ?
いくら自分がフォローの言葉をかけたところで、アイリの心の傷が癒されることはない。そのことが裕也は分かっていても、それでも言葉をかけないわけにもいかず、そう声をかける。
しかし、そんなちょっとだけ傷心な気持ちになっているアイリに、
『何を言ってるんですか? その件で落ち込むのはやめてくださいよ、王女様』
と、呆れた口調でレオナは言った。