(6)
「ほら、ジッとしてろって」
大木の枝――少女が吊るされている枝の真上まで上った裕也は、喜びからクルクルと回っている少女に向かって注意した。
少女自身、助けてもらえるとは思っていなかったらしく、嬉しそうに「はーい!」と嬉しそうに頷く。しかし、慣性のせいでまだクルクルと回っていた。
「裕也くん、大丈夫そうですか?」
下ではユナが心配そうに裕也を見ていた。
「大丈夫、だと思う。ほら、引っ張り上げるぞー」
ユナの心配にそう答えると、裕也はその紐を持ち、グイッと持ち上げようと試みる。が、荒縄と下に引っ張られる重力のせいで、少しだけ引っ張り上げることは出来るものの、枝より上まで持ち上げることは出来ない。
「あー、くそッ! 無理かー」
なんとなくそんな気がしていた裕也は縄をゆっくりと下ろして、痛くなってしまった手に息をかける。そして、上から見下ろして、どうやったら上手く助けることが出来るか、考え始めた。
その様子を見かねたのか、
「だから言ったじゃないですか。魔法で私が縄を切って落としますよ、って」
ユナの乱暴な提案が裕也へと飛ばされる。
が、裕也は即座に首を横に振り、
「危ないから却下って言っただろ? 大人だったらまだしも子供なんだぞ? もうちょっと大切に扱えって」
その提案を再び却下した。
「別にボクはそれでも大丈夫なんだけどなー」
そうやって横から茶々を入れる少女。
少しだけその茶々に裕也はイラッとしつつも、どうやったらいいか、と考えた結果――。
「分かった。お前らがそこまで言うんだったら、縄を切ってもらおう。その代わりにタイミングはオレが指示するいいな?」
「別にそれはいいですけど、どうするんですか?」
裕也の考えが分からないユナは口を傾げながら尋ねた。
「オレがまず縄を後ろに体重をかけながら引っ張るから、この枝に繋がってる部分を切れ。そしたら、テコの原理でこの子が上にあがるだろ?」
「ああ、そういうことですか! って、出来なくはないですけど、結構タイミングがシビアですよね? 私はともかくとして裕也くんの方が心配なんですけど」
「それ以外、方法がないだろ? ユナみたく『縄を切って、落とすだけ』より数倍マシだ」
「……んー、そういうわけじゃないんですが……。まぁ、裕也くんがそれで納得するのなら、それでやりましょう」
ユナはしぶしぶと頷き、手の平を縄の方へ向ける。
「なんかややこしいことになってるような気がするよー」
少女は裕也のやりたいことが分かっていないのか、ちょっと困った表情でユナを見た。
しかし、ユナはすでに裕也の考えにしぶしぶ賛同している事を知らせるかのように、首を横に振って、諦めることを指示した。
その行動から、少女もまた「はーい」としぶしぶ返事を返し、裕也の方を見つめ、
「それじゃあ、よろしくねー」
不安そうな表情で裕也に声をかけた。
「おう、任せとけよ」
裕也はそう言って、再び縄を掴み、上に持ち上げる。持ち上げるだけではなく、後ろに体重をかけながら。
そして、落ちそうなギリギリなところで、
「ユナ! やれ!」
と声を張り上げる。
その合図と共に裕也の側面側から緑色に光る小さな放物線が現れ、狙いを定めた部分を切り裂く。
が、そこで予想外なことが起こってしまう。
少女の体重が異様に軽かったのか、それとも裕也の体重が予想以上に重かったのか、枝の上に少女を着地させるだけのはずが、少女が勢い良く上へと跳ね上がる。
――ちょっ、マジかよ!
ここまでは考えていなかった裕也は脳内で地面に激突する想像をして、心に恐怖を宿らせていた。
少女の方もその勢いに従い、裕也の方へ落下し始める。
そんな中、「どうにかして少女だけでも助けなれば!」と考えるも、思考は恐怖のせいで上手く働かない状態。
そんな状態で少女の方を見ていると偶然、視線と視線が合う。その一瞬のタイミングでにっこりと笑みを浮かべながら少女は「大丈夫だよ」と口が動くのが裕也には見えた。
そして、言葉通り、裕也は地面に激突するほんの数センチの所で身体は止まる。緩やかなものではなく、ガクン! と急に止まったため、「地面に激突した!」と勘違いしてしまうほど。
「お、オレ……た、助かったのか?」
顔を横に向けて、地面との距離を確認しようとすると、そんなことはさせないと言わんばかりにゆっくりだが地面に身体が着地。そして、顔の横に生える草とキスしてしまう。
「お兄さん、ありがとうね! 助かったよー」
未だに上空にいる少女は、縛られている身体の縄をユナが使った魔法と同じ緑色の放物線で切り裂き、身体の自由を確保してから地面に下りてくる。
ユナの方は裕也が激突することを恐れ、目を閉じていたのだが、状況を確認するためにようやく目を開ける。そして、裕也の考えが失敗したことを問い詰めるかのごとく、裕也に近付くと、
「やっぱり失敗したじゃないですか!」
不満を漏らしつつ、そのことを咎めるようにデコピンを放つ。
「いたっ! しょ、しょうがないだろ! 上手く行くと思ったんだからさ! ほら、オレには『ACF』があるんだから!」
「瞬間的にパラメーター移動するのはまだ無理だって言ったじゃないですか! あの時は筋力の方に動いてたんですよ! 脳筋状態で上手くいくわけないでしょ!」
「は、はぁ!? ユナだってやっている最中にそのことを言わなかったよな!?」
「言って聞いたんですか?」
「……」
「……」
「無事で良かったな、えーと……ボクっ子」
ユナの質問を誤魔化すように、ユナとは反対側まで近寄って来ていた少女に向かって、身体を起こすようにして声をかける。
「あ、逃げた」
ユナの注意の目からジト目に変わる。
が、裕也はそれに反応することはなかった。
なぜなら、ユナの言う通りだからである。
枝の上にいる時、なぜか意固地になっていたからだ。数秒でも早く少女を救いたい、この気持ちがあったからなのか、ユナの考えなど最初から聞くつもりがなかったのだ。
だから言い返すことが出来る言葉を見つけることが出来ず、こうやって話を切り替えて、裕也は逃げることしか出来なかったのである。
少女の方も、裕也の考えが分かっているらしく、
「苦しい逃げ方だねー」
と、他人事のように苦笑を浮かべていた。