(10)
アイリから見捨てられる形で魔力の放出から精霊に指示を出すまでの訓練をしていると、
『今、大丈夫ですか?』
裕也の頭の中のユナの声が響く。
それが念話であることを察した裕也はアイリを見る。
アイリにもこの念話が届いているのであれば、普通の反応を取ることが出来るのだが、アイリは含まれていない可能性があるからだ。
裕也が見た先のアイリは、部屋から持ってきた証拠の本の一冊をペラペラと捲り、犯人がアイナを暗殺しようとした理由を真剣に探していた。その様子は完全に裕也は眼中に入っていないほどの集中力であり、念話が入ってきたことさえも気が付いていないと思えてしまうほどだった。
――大丈夫だぞ。
『あっ! 遅れましたけど、アイリちゃんには――』
――それは確認したから分かってるよ。
『さすがですね』
ユナは苦笑交じりでそう言うと、コホンと喉を鳴らし、
『話と言うのはアイリちゃんの――』
――ちょっと待て。その話よりも先に報告することがある。
『報告? 魔力の件ですか?』
――それは三人の時でも話せるだろ? アイリの件についてだよ。
『言われてみれば……。それで何ですか?』
――アイリの奴、オレたちがアイリの秘密も探ってるの、気付いてた……。
『…………え?』
――だから、アイリはオレたちがアイリの秘密を探ってるの、気が付いてた。
その一言がまだ信じられないかのように、ユナは一時的に沈黙してしまった後、
『えええええええええええええええええええええええええええええええええ!?』
と、驚きの絶叫を上げた。
直接、その絶叫を聞いていたのであれば耳を塞ぐという行為で、その絶叫のうるささを緩和出来たのだが、念話である以上それが出来ず、裕也の頭の中で反響。それを耐えることが出来なかった裕也は、身体をふらつかせてしまい、なんとか倒れ込まないようにバランスを取ることが精一杯だった。
「ユーヤお兄ちゃん!?」
さすがにそのふらつきに気が付いたアイリが本を開いた状態で伏せると、心配そうに近寄ってくる。
が、裕也はそれをアイリに向かって手を向けることで近寄ってくることを拒否した。
「大丈夫大丈夫。ちょっとバランスを崩しただけだから」
「……本当に?」
「本当だって」
「そうは言っても、さっき無茶したからなー」
「『もうしない』って言ったろ?」
「うーん、それは聞いたけど……」
「ここで止めたら、なんとなくダメな気がするから、もうちょっとだけ続けさせてくれ」
アイリはあまり納得いかなそうな感じで裕也の目をジッと見た後、
「分かったよ。ユーヤお兄ちゃんの判断に任せるよ」
と、一つだけため息を溢し、踵を返す。そして、再び元居た位置に戻り、証拠探しに専念し始める。
その光景に裕也はホッとした後、
――おい! いきなり大声出してんじゃねぇよ!
ユナに向かって怒鳴りつける。本来ならば注意ですむはずの問題を怒鳴りつけたのは、絶叫を防ぐ手立てがなかった怒りと下手をすればアイリに念話がバレたかもしれないという二つの理由からである。
『す、すみませんでした! 普通に図書室でも絶叫をあげてしまいました!』
姿は見えないものの、ユナがペコペコと頭を下げて謝っている姿が容易に想像出来た裕也は呆れることしか出来なかった。
――ったく。まぁ、いいや。それで報告したいことって何だ?
『それはですね! 王女様の両親についての記事があったんですよ!』
――両親……。元国王と元女王様ってことだよな?
『そうですそうです。って、それ以外ないでしょ』
――確認だっての!
『はいはい。それでですね! この両親も昔に暗殺されたみたいなんですよね。約百年前ですけど……』
――へー……繋がってるのか、今回の暗殺と?
『そこまでは分かりません』
――おいおい、なんだそりゃ……。
『私が言いたいことはそれじゃないんですよ! 元国王様のお子さんの年齢が現王女様と合わないような気がするってことです』
――合わない?
『はい。王女様の年齢がいくつか見た目で判断出来ないので難しいですけど、お子さんが生まれた記事の年齢と計算しても合わないんですよね。合うとしたら……分かりますよね?』
そこまで言われて、裕也は自然とアイリへと目を向けてしまう。
ユナの言いたいことを『ACF』がなかった状態で判断したとしても、どうしてもアイリ以外思いつくことが出来なかったのだ。
さっきのふらつきのこともあり、さっきより裕也の方にも気を回せていたせいか、アイリは裕也の視線に気が付き、顔を上げる。
しかし、言葉を発する前に裕也は首を振って、なんでもないことを伝えた。
『大丈夫ですか?』
しばらく無言になってしまったせいか、ユナの心配の声が裕也に届いたため、
――大丈夫。
と、ユナへ伝える。
『分かりましたよね?』
――アイリって言いたいんだろ?
『はい、そうです。しかも、さっきの秘密を探ってる件を考慮しても……』
――ほぼ確定ってことだな。
『はい』
裕也はなんとなくやりきれない気持ちになってしまう小さなため息を一つ溢す。そして、困ったように頭をガシガシと掻いた。アイリに気付かれてしまおうが、そうしないとやってられない気持ちになってしまったからだ。
――ん、ありがとな。調べてくれて。
『いえ、これぐらいは問題ないです。それよりも大丈夫ですか?』
――驚きすぎて反応が取れないレベルだよ。
『そうですね。私もそのことに気が付いて、声を漏らしちゃったほどですから』
――ああ、なんとなく想像がつく。
『想像はしなくていいんですッ!』
さすがにその時の様子を想像されるのが恥ずかしかったのか、ユナが不満そうにそう漏らす。と、それと同時に、
『やっぱり念話してたんだ』
と、アイリの悪戯そうな声が裕也の頭の中に響く。
――なッ!?
『えッ!?』
裕也とユナは驚きの声を上げ、近くに居る裕也はアイリを見る。
裕也の視線の先には声同様に悪戯な笑みを浮かべているアイリの姿があった。