(9)
裕也はアイリに歩み寄りながら、
「トリスの能力って本当だったんだな」
と、その驚きを隠せないほど唖然とした口調でそう言うと、
「あー! 信じてなかったの!?」
アイリは不満を露わにして、アイリの方からも裕也へと駆け寄ってくる。
「しょ、しょうがないだろッ! 誰かが使って見せてくれたわけでもないのに、言葉だけで信用しろって言われても無理があるって」
「んー、なんか言葉すらも信用されてないみたいな雰囲気だけど……」
「こいつに限ってはだよ。『必中』って能力がなかったら、下手したらアイリに当たってたかもしれないんだから」
「……だから、角度の調整とかしてたんだ。おかしいと思った」
アイリはそれすらも納得出来ていない感じだったが、それでも納得しないといけないと思ったのか、大きくため息を吐く。そして、トリスの話題から話を逸らすべく、
「あとはユーヤお兄ちゃんの矢の生成能力もとい魔力の放出の時間短縮の問題かー」
そう不安を漏らす。
「やっぱりそこになるのか」
裕也は素直にその言葉には同意した。
現在は訓練だけということもあり、気持ちを落ち着かせてから魔力を放出・矢の生成を精霊に頼むことが出来る。しかし、戦闘になるとそんな気持ちを落ち着かせている暇はない。むしろ、気持ちは興奮しっぱなしの状態。そんな興奮状態の中、敵の攻撃を回避しながら、魔力を放出しないといけないのだ。
――うん、無理だな。
少しばかりのその状況を頭の中でシミュレーションしてみたが、考えるまでもなく裕也の中でその答えが導き出される。
何よりもようやく魔力の放出が出来た状態で敵の攻撃の回避をするどころではなく、そもそも魔力の放出が出来ないのだ。つまり、現在以上に魔力の放出を意識した途端に放出という流れにしないければならない。止まっている状態でもそれが出来ないのだから、戦闘中でそれが出来るはずが絶対にないことは考えなくても分かることだった。
「ユーヤお兄ちゃんも分かってるみたいだけど、こればかりは本当に慣れだからねー。必死に訓練するしかなくなるんだけど……」
「だからと言って、訓練ばかりしてるわけにはいかないからなー。あの本から暗殺を狙った理由を見つけないといけないから」
「あー、そうだった! 犯人は分かったけど、その証拠がないんだったー!」
改めてそのことを思い出したらしく、アイリは頭を抱えながら、その場に座り込んでしまう。
さすがにそこまでのオーバーリアクションを取るつもりはなかったが、そうしたい気持ちは裕也も十分にあった。
「とにかくだ。こやって無駄話をしてる時間があったら、訓練を続けろって話だな」
アイリを励ますためにそう言いながら屈み、頭を抱えているアイリの頭をポンポンと軽く叩いて、訓練の指示を出すように裕也は促す。
「うん、その通りだね。落ち込む暇があったら訓練をする時間に励めってことだね」
「というわけで指示頼むぞ、アイリ」
「はーい……え?」
返事をしたかと思うとアイリは不思議そうに首を傾げ、
「ボクが教えることなんてもうないんじゃない?」
と、裕也に質問した。
そんな質問をアイリからされると思っていなかった裕也もまた「は?」と間抜けな声を漏らす。
「いやいや、教えてもらえることなんてたくさんあるだろッ!」
「そうなの?」
「放出までの短縮出来るところを教えてくれたり……」
「うん」
「明日、戦闘になった時のことを考えて気を逸らすようなことをしてくれたり……」
「うん」
「…………それぐらいだな、思いつくの」
「うーん、短縮出来るところを教えるも、魔力を素早く動かすのって慣れだから教えようもないんだよね。そもそも、そのことについて教えてる人を誰も見たことがないんだよ」
「え、マジで? みんなも慣れでやってるのか?」
「うん。慣れと素質かな? 幼い時にちょっとずつ覚えていく感じだから、訓練というよりも親の見様見真似でやっちゃうって感じ?」
「……オレの訓練って、実はものすごく恵まれてる?」
「うん、ものすごく」
アイリはちょっとだけ羨ましそうに笑う。
対して、魔力の訓練を一から誰かが教えてくれると思っていた裕也にとって、アイリの言葉は予想外過ぎて、頭の上にタライでも落ちてきたかのような衝撃を受けてしまっていた。
「せ、せめて訓練の邪魔をしてくれないか?」
自力で慣れることでしか結果は生み出せないと分かった裕也は、アイリにそう懇願するように頼むと、
「別にいいけど、ユーヤお兄ちゃん反応しないでしょ?」
と、これもまた冷たく返されてしまう。
「え? そんなことないだろ?」
「だって、さっきの二回も全然ボクに反応しなかったじゃん」
「いや、それはあそこで気を散らしたら……」
「そういうこと。気を散らすようなことをしたとしても、ユーヤお兄ちゃんはそれを気にしないだけの集中力があるってことなんだよ」
「……なに、このやってしまった感」
「ドンマイだね! 一応、邪魔する術がないわけではないけど……やってみる?」
アイリはそう言って、裕也の身体から少しだけ手を逸らして、手から光弾を放つ。そして、その光弾は地面にドォン! という音を立てて、裕也の遥か後方に着弾した。
「……ッ!?」
その光弾を目視出来るギリギリのスピードだったため、裕也は光弾を目で追うのではなく、着弾した個所を見ることになってしまう。
「スピードはもっと落とすとしても、これぐらいしないとダメなんじゃない? もちろん当てるつもりはないけど、これを言っちゃうと当たらないと分かって棒立ちになっちゃうから、避けないと危ない程度には当てて――」
「やっぱり一人で集中する。うん、それがいい」
裕也はさすがにここまで邪魔は望んでいなかったため、必死に首を横にブンブンと振りながら、その邪魔を拒否した。
「だよね。だから、ユーヤお兄ちゃん頑張ってね!」
裕也が拒否することは最初から分かっていたアイリは、にっこりと笑みを溢す。
「お、おう……」
その応援に裕也は引きつった笑いを溢して、応えることしか出来なかった。