(7)
「大丈夫か?」
しばらくすると泣きながら、裕也の胸を叩いていたアイリに、裕也はそう声をかけると、
「うん、なんとか。ユーヤお兄ちゃんのバカ……」
泣き止んだアイリはまだ拗ねたまま、「バカ」と言い続けていた。
裕也からすればすでに聞き飽きたに近い言葉だったが、アイリに相当心配をかけてしまったことは本当のことため、注意することも出来ず、苦笑いを溢すことが精一杯だった。
「悪かったよ。それよりもアイリのおかげで、魔力の放出のコツはちゃんと掴めたんだぞ?」
その発言にアイリは少しだけ驚くも、すぐにジト目になり、
「それ、本当? ボクが拗ねてるから、そう言って機嫌を取ろうとしてるんじゃない?」
と、この話題から逃げるためにそんなことを言っているんじゃないか、と疑い始める。
「どこまで疑うんだよ。本当だって」
「さっきのことがあるから信用出来ない」
「おいおい」
「じゃあ、やってみてよ。さっきみたいな無茶なことはしない約束だよ?」
「分かってるよ」
裕也はその言葉にしっかりと頷く。
さすがにあれだけアイリが泣くと思っていなかったため、裕也は胸に叩かれながら、『もう泣かせるわけにはいかない』と心に決めていたからこそ、頷くことに戸惑いはなかった。
「ん。頑張ってね」
裕也の言葉を信用したのか、少しだけ裕也から離れて、ジト目で見つめ付けていた。
「そんな目で見るなっての」
困ったように笑い、裕也はもう一度精神を集中させるために一度深呼吸。そして、ゆっくりと目を閉じて、先ほどと同じ流れで魔力を体中に満たせ始める。
しかし、あの時のように魔力袋から魔力を過剰に流出させることはなかった。なぜなら魔力を体外に放出させるコツを掴んでいるため、そこまでする必要性を感じられなかったからである。
――よし、順調だな。
さっきと同じように魔力を全身に送ることに成功した裕也は、アイリがやってくれた時のように全身の毛穴を開くような感覚で、身体を包むようにして、蓋をしていた物をゆっくりと開ける。いきなり開けなかったのは、放出の力が強くなり、またアイリに心配をかけてしまいそうな気がしたからだった。
「ユーヤ、お兄ちゃん……」
その時、アイリの驚きの声が裕也の耳に入ってくる。
しかし、その言葉に裕也は反応することなかった。少しでも集中を解けば、失敗しそうな気がしてならなかったからだ。
そして、魔力の放出が始まると同時に、
〈意外と速い段階でここに辿り着くなんて思ってもみなかった〉
と、労いの声が裕也の頭の中に響く。
その声は先ほど声を聞いたばかりの精霊の声だった。
――さっきぶり。こんな感じでいいのか?
〈問題ないよ。これだけ出てれば、命令を聞いてあげる〉
――命令じゃなくて、指示と言ってくれ。オレ的にそれは似合わない気がするし。
〈ごめんごめん。ワザとじゃないんだよ? どういう反応をするかなって思って〉
――つまらない反応だったか?
〈私たちからすれば、それが正解の反応。さぁ、アイリ様が待ってるよ。指示を出して〉
――ん? まぁ、とにかく手に持っている紙を膨らませて、矢の状態にしたいから力を貸してくれ。
〈オッケー〉
その返事が聞こえたと同時に裕也の手に握られていた紙がどんどん膨らみ始める。
それに気が付いた裕也は急いで手の力を抜くと、その膨らみに任せ、完全に膨らんだとろこで改めて手の力を込めて、しっかりと握り締める。
〈はい、終了〉
――お疲れ様。ありがとうな。
〈こんなの大したことじゃないよ。そもそも、私たちにこの紙は必要ないんだけどね〉
――必要ない?
〈あれ? 知らないの?〉
――何を?
〈この紙は自分の魔力を使う人が形状を覚えるのに必要なだけ。私たちは指示に従って、矢の形状を作れることが出来るんだよねー〉
――マジかよ。
〈なんで、ウソを吐く必要があるの?〉
――……ないな、ウソを吐く必要。
〈でしょ?〉
――た、試しにやってもらっていいか?
〈オッケー。ほら、意識してないから魔力の放出が微量になってるから、もう少し出して〉
――あ、分かった。
精霊に言われるまでそのことに気が付いてなかった裕也は、そのことに対して謝ると、言われた通りに魔力の放出を行う。今度は意識して量を調整出来るように心掛けて。
〈はい、オッケー。じゃあ、反対の手に造るよ? 良い?〉
――分かった。
精霊の言葉を確認すると、今度は意識して魔力の微量に調整する。精霊と会話が出来る分だけの量にして。
そして、今度は精霊が矢の形成が終わるのを素直に待つ。が、それも時間が掛からず、
〈はい、完成。サービスとして宙に浮かせてあげてるから掴んでね〉
――ありがとうな。
〈どういたしまして。あ、目を開けたら集中力なくなるかもだから、ちゃんと蓋を閉じてから目を開けてね〉
――最悪、放出しっぱなしで大変なことになりそうだもんな。
〈その通り。今度はもうちょっと手早くしないとダメだけどね。それはアイリ様に聞いてねー。じゃあね!〉
――いや、おい! ちょっと待て!
精霊はそうやって意味深なことだけを言い残し、精霊からの言葉は完全に消えてしまう。
――なんなんだよ、いったい……。
裕也の心に中には何とも言い難いシコリが心に残ったが、それを気にしたところで現状解決しないことは分かっているため、裕也は一時的にそれを気にすることは止めた。そして、蓋を完全に閉じてから、ゆっくりと目を開ける。そして、左側に浮かんでいる矢を左手で掴む。
「うん、ばっちりだな」
矢としての感触は大丈夫か確認した裕也がそう漏らすと、それを隣でジッと見ていたアイリは驚きと笑みを隠せないような感じで、
「お、おめでとう!!」
と、手が痛くならないばかりの大きさの音の拍手を鳴らす。