(5)
「じゃあ、これからは真面目に訓練するとして、今回はトリスは出さなくてもいいよ? あの紙は矢を作る訓練するために必要になるけど!」
小さい状態になっているトリスをポケットから取りだそうとしていた裕也は、アイリのその注意に止められたため、その指示に従い、反対側のポケットに入っている紙を取り出す。
「今日と明日で矢を作ることをマスターしないといけないのかー……」
なんとなくそこまで出来そうな気が全くしない裕也は、思わず重苦しい気持ちと共にそうぼやく。
「ほーら、ぼやくよりも先にやるだけのことはやってみようよ。一応、出来なかった時のことは考えてあるからさ」
「そう言えば、そんなことを昨日言ってたよな。おすすめはしないって」
「うん、言った。本当に最後の手段なんだよ」
その発言をした途端、さっきまで笑顔だったアイリの表情に陰りが生まれてしまう。その様子から本当にその手段だけは取りたくないという気持ちが嫌というほど伝わってくるものだった。
――オレの身体に負担がかかる系だな、これ。
アイリの雰囲気から裕也はそう察することが出来た。
最後の手段というだけあって、何かのデメリットがあることは分かっていた。しかし、ここまで拒否するということは使用者に負担がかかること以外、何も思いつかなかった。だからこそ、それが分かったのである。
そんなアイリの頭に手を置くと、
「そんな暗い顔するな。出来たら出来たでいいとして、出来なかったら出来なかったで、それをするしかないんだからさ。そんな風に自分で背負い込むことはないさ」
頭を撫でながら、裕也は励ます。
撫でられながら上目遣いで見るアイリは、ちょっとだけ頬を膨らませ、
「最初に落ち込んだ様子で言ったのはユーヤお兄ちゃんでしょ? それを棚上げして、それを言っちゃう!?」
と、嬉しそうに不満を口にした。
「落ち込んだ女の子を見て、励まさないわけにはいかないだろ?」
「……ッ!」
その言葉を言われると思っていなかったのか、アイリは一瞬で顔が真っ赤になってしまう。
「なんだー、照れたのか?」
「う、うるさいなー! なんで、そんな女の子を口説くような言い方をするのかなー? ううん、なんか知らないけど、ユーヤお兄ちゃんを好きな人が多いのは知ってるけどさー」
「そ、そうだな。なんでなんだろうな……」
裕也は魅惑の能力のことに気付かれるのではないかと思い、言葉が詰まってしまう。
しかし、アイリはそれに気付いていないらしく、
「もし、魅惑系の魔法を使ってたらすぐに分かるんだけど、そんな感じもしないしなー……。そもそもユーヤお兄ちゃんは魔法を使うことが下手だから、それが簡単な魔法でも使えるはずがないのに……」
と、能力そのものの可能性は考えたらしいけれど、その可能性はないと顎に手を添え、「うーん」と考えながら自己完結してしまう。
――ああ、これって魔法とは違うタイプの能力として生まれたのか……。
裕也はアイリからもそこまで詳しく教えられてなかったため、アイリの発言から別次元の能力として生まれたことを改めて自覚した瞬間だった。同時にこの能力を使っても誰からも怪しまれることがないと分かり、この世界での目的を果たすために生まれた能力だと認識を改めることも出来るほど、この能力の便利さにも気付く。
「とにかくさ、無駄話は止めて訓練しようぜ」
この話をしていれば、いつかはバレそうな気がしてしょうがなかった裕也は、アイリにそう促す。少しばかり急な流れ変更のため、アイリに何か察しられるかと思っていたが、
「そうだね。この話を続けていてもしょうがないもんね」
と、訓練に移ることをあっさりと承諾した。
雰囲気からも何か察した様子もなく、思考を完全に訓練の方へ切り替えたように思えた裕也は、心の中でホッと安どのため息を溢す。そして、例の紙の端を指で掴み、
「昨日みたいにアイリが手伝ってくれるのか?」
そう尋ねると、アイリはあっさりと首を横に振る。
予想していなかったわけではなかったけれど、手伝ってくれないと知ると、裕也は少しばかり寂しさを覚えてしまう。
「そんな寂しそうな顔しないでよー。ボクだって本当は手伝ってあげたいんだけど、それをしたら、ユーヤお兄ちゃんのためにならないから、心を鬼にして言ってるんだからさ」
「え? いや、そんなつもりはなったんだけどな」
「ふーん。まぁ、いいや! とにかく頑張ろう! ひとます、自分の魔力を放出させて、自分の力で妖精と会話出来るようにしないとね!」
「はいはい。ってことは、この紙はまだ必要ない感じか?」
そう言って、持っていた紙を顔の位置まで持ち上げ、アイリと交互にその紙を見る。
「そうなるかな? 持ってた方が交信が出来た時にすぐに出来るから便利ってだけで。邪魔なら、ボクが持ってるよ?」
アイリはそう言って、その紙を預かろうと手を伸ばす。
その提案に少しばかり悩んだ末に、
「いや、自分で持ってるよ。持ってるにしても別に邪魔にならないだろうし……。気になるようなら、後で渡したらいいだけだしな」
裕也は持っていた紙を手の中で握り締める。
「うん、分かった! コツとか聞きたかったら聞いてね?」
アイリは頷き、自分が出した訓練方法に少しばかり不安になったらしく、そう言ってきたため、
「まぁ、なるべくは自分の力で頑張ってみる。聞きたくなったら、ちゃんと聞くから任せとけ」
裕也は軽く笑いながら、一回深呼吸。そして、目を閉じて、神経を魔力の放出に集中させ始める。