(1)
翌朝。
裕也は昨日の事件で寝つきが悪かったこともあり、ようやく気持ち良く寝ていた頃に身体をユサユサと揺さぶられる感触に脳が目を覚ました。が、いくら脳が目を覚ましたと言っても、眠たいという意思は変わらず、その揺さぶりを無視し、再び寝ようと試みる。
が、今度は手が増える感触が身体に伝わり、四つの手でゆさゆさと身体をさっき以上の揺さぶりに裕也の眠気は邪魔されてしまう。
「んー、ユナまで……加担してんじゃねーよ……」
四つの手=ユナまでもが一緒になって揺さぶっていると思った裕也は、人の気配がする反対側へ寝返りを打ちながら、眠気から生まれた苛つきをユナへとぶつける。アイリにぶつけなかったのは、注意したところで聞くはずがないと思ったからである。
「私、何もしてませんよ」
裕也の苛つきに対し、ユナもまた眠そうな苛ついた声でそう返される。同時にまだ眠そうな欠伸がユナの口から漏れるのがユナの耳に入ってきた。
「はあ? じゃあ、誰なんだ……よ……?」
揺らされ続けられたことにより、眠気を超えるほどの脳の働きが活発になり、ユナの発言があることに気付かされてしまう。
それは裕也とユナの距離だった。
もし、裕也の身体をユナとアイリが揺すっている場合、その声は近く、遠慮がちの欠伸もはっきりと聞こえるはずなのだ。しかし、今の欠伸はユナの声に集中していたからこそ、なんとか聞けたと言っても過言ではない声量。つまり、ユナは裕也が寝ているベッドの上に居るわけではなく、ユナが寝ているベッドで寝ていることを示していた。
――じゃ、じゃあ、誰なんだ?
アイリ以外の人物を考えるも裕也はそのことを思いつくことは出来なかった。いや、思いつくはずがなかった。
なぜなら、この部屋に入れるのは自分を含めたユナとアイリの三人以外あり得ないからだ。
もし、誰かが入って来たとしても、それはユナとアイリが全力で拒否し、下手をすれば攻撃してでも無理矢理追い出すことはずだからだ。
そんな裕也の考えていることを読んだのか、
「そんなに気になるなら起きてください。その答えを見せるために、アイリちゃんはずっと無言で揺さぶってるんですから」
ユナはそう言って、未だに起きることを拒もうとしている裕也を戒める。
「本当だよ、早く起きてよ!」
ようやく喋ったかと思えば、アイリもまたそうやって少しだけウキウキした声で、裕也にそう促す。
二人に促されたせいもあったが、この謎について興味が湧き、眠気がほとんど飛んでしまったため、
「はいはい、起きる起きる」
と、仕方なくといった感じで身体を起こす。そして、揺さぶっていたアイリと誰か分からないもう一人の姿を確認しようとした目を向けて、固まってしまう。
「へへっ、驚いた?」
「どっきり大成功!」
裕也の驚くことを分かっていらしく、二人のアイリが口々にそう言った。
「え?」
裕也は状況が飲み込めず、二人のアイリを交互に見つめる。が、その答えが出ることがなかった。それだけ驚き、思考が停止してしまっているからだ。
「おーい、ユーヤお兄ちゃん大丈夫?」
「ほら、しっかりしなよー」
原因である二人のアイリは心配しながらも、思い通りの状況を楽しんでいるらしく、楽しそうにニコニコと笑顔を浮かべていた。
「驚きすぎですよ、裕也くん。まぁ、私もその状態で起こされたので、少し驚きましたけど……」
この分裂した状態のアイリにトリックを見破っているらしく、ユナはまた眠そうに欠伸を溢す。
「ユナお姉ちゃん、しーッ!」
「絶対に言っちゃダメだよ? ボクたちがネタ晴らしをするんだから!」
アイリはユナがこのトリックのネタ晴らしをすると思ったらしく、少しだけ慌てた口調でそう注意した。
「分かってますよ。たぶん、裕也くんでは分からないと思うので、早くネタ晴らしをしてあげたらどうですか?」
最初から言うつもりがなかったらしく、ユナは手洗い場へと移動し始める。すでにネタ晴らしもといトリックの答えが解っているユナの興味はないらしい。
「「んー」」とアイリは困ったように呻いた後、
「「本当に分からない?」」
と、二人のアイリは声を揃えて、裕也へと尋ねる。
ユナとアイリのやり取りをしている最中に思考が再稼働し始めた裕也は、そのトリックの解答を必死に考えていたものの、そのことに対する知識がないからか、全然思いつくことが出来なかった。
「珍しいね、ユーヤお兄ちゃんからしたら」
「そうだね。すぐに分かると思ったんだけど……」
二人のアイリはそれぞれの顔を見合わせながらも、そのトリックが分からないことが嬉しそうに笑みを溢し続けている。
「それで答えは?」
いくら考えても、その解答に辿り着けそうにないため、裕也は考えることを放棄して、二人のアイリにそう尋ねる。
「分かった分かった。じゃあ、このトリックについて教えるね! ううん、トリックほどの謎もないけど」
右側にいるアイリが苦笑いを溢しながら、手を上げて、指をパチン! と鳴らす。
それと同時に左側にいるアイリの姿が一瞬揺らめいたかと思えば、いきなり姿が霧散。そして、何事もなかったかのように右側のアイリが残された。
「答えは単純明快! 妖精で作り上げたもう一人のボクでしたー!」
と、少しだけ大きな声でそう言った。
「……マジか……」
裕也は少し考えれば分かりそうなことが分からなかったことが恥ずかしくなり、目を手で隠すようにしながらベッドに倒れ込む。
――寝起きで謎解きなんてするものじゃないな……。
そして、盛大なため息を溢しながら、つくづくそう思うのだった。