(5)
ユナを先頭にし、裕也たちが辿り着いた場所は、他の周囲の木からは隔離されたように一本の大木がある場所。
先ほど裕也たちが休憩していた大木よりも大きく、まるでこの森のボス的な雰囲気を感じ取れることが出来るほどのもの。
その場所に辿り着いた裕也とユナは周囲を確認し始める、その魔力の持ち主を見つめるために。
しかし、いくら周囲を見回し、その大木を一蹴しても、そんな人物の姿は見つからなかった。むしろ、その魔力の持ち主が気付かれたくないのか、気配を完全に消しているような状態。
「おい、ユナ! どこにいるんだよ!」
唯一、魔力探知が出来るユナに裕也が苛立ちを含めた声で尋ねると、
「急に魔力を消しちゃったんですよ―! そんな人物をどうやって探せって言うんですか!」
と、ユナもまた少しだけ苛立った声で言い返されてしまう。
「ったく、子供だから心配で来たってのに。本当は気のせいなんじゃないのか?」
「なっ!? そんなことありませんよ! あと少しの所で消えたんですから、こちらの気配を察知して、自分から消したんですよ!」
「オレには分からないからなー」
「そりゃ、そうでしょうよ! 裕也くんはまだ魔力探知なんていう高度なことが出来ませんから!」
「は!? そんなの当たり前だろうがッ!」
「っていうか、なんでこんなことで嘘を吐くんですか! 吐いたところで意味がないでしょう!」
「うぐっ!」
裕也はユナにそう言われて、返す言葉がなくなってしまう。
ユナの言う通り、子供の魔力を探知したなんて嘘を吐く必要が現状全くないからだ。むしろ、そんな嘘を吐くぐらいならば、エルフの街に向かって進んだ方がいい。そんなことぐらい、苛立った頭で考えてもすぐに分かることだった。
「……悪かったよ、疑って」
だからこそ、裕也は素直に謝った。
ここで謝らないのは失礼だと思ったから。
その謝罪を受けたユナも申し訳なさそうな声で、
「気にしないでください。私も酷いことを言いましたから。すみませんでした」
と、同じように謝罪をした後、
「たぶんですけど、私たちが人間だから危険だと思って、気配を消したんだと思います。ほら、来る前に言ったように……」
予想出来得る言葉を付け加えた。
――なるほどな。
ユナが言いたかった言葉の続き、わざと切った理由を理解することが出来た裕也はユナに向かって頷く。
つまり、戦争になりかねない状況だからこそ、『人間である自分を警戒して、魔力と気配を消して、自分の身を守る方法を取った』ということが分かった裕也は両腰に手を当てて、ため息を溢した。
ここまで緊迫した状態だとは思っても見なかったからだ。同時に、せめて会話をしてから判断して欲しいと思ってしまった。
「さぁ、これからどうしようか」
どうすることも出来ず、何をすることも出来ない裕也はそうユナに尋ねると、
「とりあえず見つけることが出来ませんから、エルフの街でも目指しましょうか。偶然にも近いですし……。というより、その子供がエルフの子供なんでしょうね」
そう言って、ユナはエルフの街がある場所を指差す。
「そうなんだろうなー。まぁ、いいや。行く……」
裕也はふと頭上で何かの気配を感じた。
感じた気配は殺気などによる敵意などではなく、関心が湧いたに近いようなもの。そのため、裕也はゆっくりと上を見上げる。
それはユナも同じだった。
いきなり感じ取ることが出来た魔力につられるように裕也と同じように大木の上を見た。
そして、二人は全く同じ個所を見つめ、金髪の髪に緑色のふわふわのワンピースを着た一人の少女を発見する。
「やっほー、お兄さん、お姉さん」
その少女は木の枝に身体に紐を巻き付け、グルグルと自分の身体を回しながら、警戒の『け』の字も見せることもないような声で裕也たちに声をかけた。
「ゆ、ユナ」
少女に挨拶を返すことなく、ユナの名前を呼ぶ裕也。
「な、なんですか?」
「ちょっ、ちょっと耳貸せ」
「は、はぁ……」
ユナは裕也に近付くと、耳元に手を置きながら、顔を近付けた。
裕也もまたユナの身長に合わせて、身体を屈め、口を耳へ近付ける、そして、
「あれはどういう状況だと思う?」
小声でそう尋ねる。
すると、今度はユナが耳を離し、裕也の方へ顔を向けると、それに従うように今度は裕也がユナの口へ耳を近付ける。
「えーと、あれはどうみてもお仕置きされてる状態じゃないですか?」
「だ、だよな。巻き付けられている紐がお腹だけじゃなくて、両腕もだからな」
「遊んでるようには見えませんからね。というか、完全に束縛されてるように見えます」
「うんうん。よし、見間違いじゃなかったか」
二人が交互に耳と口を交互に近寄せながら、そう話していると、
「無視しないでよー。せめて挨拶ぐらいは返そうよー」
と、少女の少し拗ねたような声が裕也たちの耳に入る。さらに、
「お兄さんたちの言う通り、お仕置きされてる最中なのは間違いないけどね」
今、話していた内容を認めるように、情けない声で付け加えた。
小声で話していたはずなのに、それがバレていたことに裕也たちはビクッ! と身体を震わせた後、苦笑いをして誤魔化す。
「だ、大丈夫なのか?」
「何をしてるんだ?」の答えが分かっている以上、その言葉をかけることしか裕也は思いつかず、その少女にそう声をかける。
「んー、大丈夫なのは大丈夫なんだけどね」
一度回った慣性のせいで、未だ軽く回りながら少女は、裕也の問いに答える。そして、裕也たちが考えていた通りの言葉、
「ここで出会ったのも何かの縁だから、助けてほしいんだ。駄目かな?」
その言葉が放たれてしまう。
裕也とユナは顔を見合わせた後、深いため息を漏らした。
この状況で、この流れでどう考えても「無理」なんて言えるわけがなかったからだ。
こうして二人は、その少女をしぶしぶ助けることとなった。