(2)
「よし! 解けたッ!」
裕也はそう思いながら、ズボンのポケットに入れていたトリスを取り出し、訓練時にやったように魔力を送り込んで、巨大化させる。そして、それを黒ずくめに向かって構えた。
矢も上手く作れないが、こうやって攻撃出来る構えを見せるだけで少しぐらいは動揺を誘えるのではないか、と考えたのである。
が、黒ずくめはそんな裕也を見向きもせず、未だに寝ているユナとアイリが寝ているベッドを睨み続けていた。
その視線がウザいとでも言いたげに、アイリは自分とユナの身体を覆っていた布団を勢いよく蹴り飛ばし、そのままベッドに起き上がる。
「何をそんなに驚いてるの? もしかしてボクが起きるのが予想外だったかな? ううん、ユナお姉ちゃんも起きてるんだけどね」
アイリはニヤニヤしながら、その黒ずくめにそう告げる。
それと同時に呆れを含んだため息が漏れ、ユナがのっそりと身体を起こす。
「アイリちゃん、私も起きてることをバラしちゃ駄目じゃないですか。不意を突いて、捕らえようと思ってたのに……」
アイリを一瞥しながらそう言い、すぐに黒ずくめに視線を向ける。そして、手を伸ばしながら、
「抵抗なんてしないでくださいよ? 二対一なんですから」
抵抗することを諦めるように黒ずくめに促す。
が、そんなことを気にしてないらしく、
「なんで起きてる? 一時間は絶対に目が覚めない睡眠魔法をかけたというのに……ッ!」
と、二人が熟睡していた理由について、自らの口で暴露した。
そんな暴露話など最初から分かっていたかのようにアイリは「ふふん!」と鼻で笑う。
「そんなこと最初から想定内だよ。殺すにしても殺さないにしても、その本を狙ってくるのは分かってたしね! ってことは、暴れられないようにするためにボクたちに何かの魔法をかけてくる。じゃあ、『何の魔法をかけるのか?』って考えた時に、睡眠系の魔法だって予想が付いたんだよ! そこでその本を守るために結界を張るついでに誰かが振れたら、目が覚めるように解呪の魔法を組み込んでおいただけ。そして、タイミングを見計らって、ボクが攻撃したんだよ。一回しか使えないことも分かってたしね!」
自慢するように言うアイリの言葉に補足するように、
「もちろん、睡眠系の魔法の種類もちゃんと考えておいた結果なんですけどね。朝まで寝かせる長時間タイプの睡眠系よりも、短時間の時間指定した睡眠系の魔法の方が術者の魔力次第で効力が強くなることも。だからこそ、私たちはあなたの魔法に『絶対に打ち勝てる』ように、寝る前にあるだけの魔力を注ぎ込んだんです。あなたはもしかしたらのことを考えて、そんなに使えなかったでしょうけど、私たちは寝る側でしたからね。そんな心配する必要なかったです」
と、黒ずくめがかけた魔法の解説までしてしまう。
アイリとユナの予想が見事的中してしまったのか、黒ずくめは言葉に詰まっている雰囲気が身体から滲み出ていた。
「まぁ、裕也くんが起きているのも想定外だったみたいですけどね。いえ、これも私たちが仕組んだことなんですけど……」
アイリはさらにネタ晴らしを続ける。
が、そんなことを話された記憶がなかった裕也は、
「おい、聞いてないぞ!」
即座にそのことに対して突っ込む。
「はいはい、それは後で説明しますから。そんなことよりも捕まえることの方が先です!」
裕也からツッコミが入ったことで説明するには時間がかかると判断したのか、ユナはその説明を無理矢理切り上げる。
そのことに対して、ちょっと不満を言おうと思っていたが、ユナの言う通り、捕まることの方が先だと判断した裕也は、
「分かったよ! 絶対に後で説明しろよな!」
念を押すように少しだけ大きな声でそう言った。そして、改めて黒ずくめの方へ向き直り、
「そういうことだ。大人しく捕まれ。アベルを殺したのも、王女様を暗殺しようとしたのもあんたなんだろ?」
全ての元凶であることを突きつけるように、少しだけ声を低めて、その言葉をぶつける。
まるでその言葉を待っていたかのように黒ずくめは「くっくっく」と我慢出来なくなったように笑い始めた。正解とでも言いたげな笑い方ではあったものの、そのことになかなか答えようとはしないため、
「どうなんだよ?」
と、裕也が我慢出来ずにそう問い詰める。
「その質問に答えなくても分かってるだろ? なのに、なぜ答えないといけない?」
「……それは、犯人だって認識していいってことだよな?」
「さあな……。お前らが好きに選べばいいだろう」
「分かった。アイリ!」
挑発している側だったはずなのに、逆に挑発に乗せられた感覚を覚えながらも、黒ずくめを捕まえるためにアイリの名を呼ぶ。それは裕也自身がまだ攻撃出来ないためにユナまたはアイリに頼るしかなかったからだ。
「任せて!」
そのことが分かっているアイリもまた裕也の指示を快諾し、先ほどと同じように月灯りでようやく見える程度の何かが黒ずくめへと襲いかかる。
しかし、前回の時のように不意打ちではないため、カンカン! とガラスに当たったような音を立てて、弾かれてしまう。
「くそッ!」
防がれることは最初から分かっていたことだが、それでも裕也は少しでもダメージを与えることが出来るかと思っていたため、自然と舌打ちをしてしまう。
が、アイリはその攻撃を止めることなく放ち続け、チラッとユナを見た。
ユナはその視線をしっかりと見ていたらしく、小さく首を縦に振る。そして、黒ずくめに向かって伸ばしていた手をゆっくりと閉じていく。
「拘束」
ユナの声と共に黄色の輪が、黒ずくめが張っている結界の中に現れ、そのまま黒ずくめを拘束した。
「よし、狙い通り!」
アイリは最初からこのことを狙っていたかのように嬉しそうに呟き、
「ですね。少しあっけないような感じがしますけど……」
ユナは少しだけ不安を隠せない様子だったが、それでも成功したことにホッとしたため息を溢す。
「いや、ないから! こんな展開ないから、二人とも油断するな!」
こんな展開など絶対にあり得ないことが分かっている裕也はそう言った瞬間――黒ずくめの張った結界がバァン! と弾け、爆風が裕也たちに襲いかかる。