(1)
「ずっと前から好きでした! 付き合ってください!」
放課後の学校の屋上。
温度は下手をすれば十度を切っているであろう寒空の下で、山下裕也は一人の後輩に告白された。
「え、えーと……ごめんね。オレ、誰とも付き合うつもりないんだ」
その後輩の返事に対し、裕也は少しだけ戸惑ったような様子を見せながらも、あらかじめ用意していた返事を答える。
後輩もその返事の答えが分かっていたらしく、一瞬寂しそうな雰囲気を出すも、すぐに弱々しい笑顔で、
「そ、そうですよね! わ、分かってました! だから、気にしないでください! 今日は屋上に来てくれてありがとうございました!」
そのまま扉を背中にしている裕也の横をすり抜けるようにして、早足で屋上のドアへと向かっていく。
追いかけることは出来ないにしても、振り返る行為だけは出来た裕也は、その後輩の背中を視線で追いかける。
後輩は裕也の視線に気付いていないらしく、鉄で出来た鈍いドアを開けて、中で待機していた友達へと抱き着く。
友達もまた後輩が振られることを予知していたらしく、迷うことなく抱き締め、慣性で閉まるドアが閉まり切る前に裕也へとペコリと頭を下げる。
――ありがとう、ございます……か……。
そのお辞儀の意味を察した裕也は情けないため息を漏らしながら、上に貯水タンクが設置してある壁へと体育座りをして凭れ、
「何が、なんで、こうなった?」
そう呟いた後、自分の膝に顔を埋める。
屋上への唯一のドアが後輩と友達に封鎖されてしまった今、裕也はこの場所で彼女たちが立ち去るまではこの場所に留まることを強いられてしまった。
いや、裕也にとってはこの状況が少しだけ嬉しかった。
自分の頭を冷やすのにちょうど良かったからだ。
それは先ほど漏らした言葉に起因する。
大半の人がドアの前で泣いている後輩たちによって出入り口を封鎖されてしまったことに対してのツッコミと受け取るだろう。しかし、裕也が漏らした言葉の意味は自分が異常なほどにモテることに対しての言葉なのだ。
一般的に頭脳明晰、スポーツ万能ではあることは裕也自身、自負している。あくまでそれはテストの結果や体力検査による結果でそう出ているからだ。だから、そのこと自体は自慢してもいいのかもしれない。
が、それでモテるというのはまた別だった。
なぜなら、裕也はイケメンではないからだ。
理由の一つとして、街で芸能人になる勧誘を一度も受けたことがないせいである。それだけでイケメンであるという方程式が成り立つわけではない。成り立つわけではないのだが、どちらかというと会話をしてから好意を持たれる確率が高いことを裕也自身が自覚していた。
もちろん、裕也はそんなことは意識していない。むしろ、誰とでも接するように話しているだけ。だからこそ、『他人に好かれよう』などという邪な気持ちを今まで持った覚えがない。それなのに女性にはモテてしまい、男性にも友達が多い。
そもそも、女性にモテる=男性の大半からは敵意が集まるかと中学生の頃は考えていたものの、それすらない。むしろ、嫌っていた人物が話しただけで、仲良くなってしまうという意味の分からない状態。
そんな誰にでも好かれてしまうという不思議なモテ期に、裕也は戸惑いと告白してきた女性を傷付けてしまう罪悪感に蝕まれていた。
「モテることに疑問を持って、その理由を探すのはきっと世界でオレだけだろうな……」
心に溜まってしまった鬱憤を吐き出すかのごとく、息を吐く。そして、膝に埋めていた顔を持ち上げて、ドアの方向を見る。後輩たちが立ち去ったかどうかを確認するために。
そこで裕也の呼吸は止まってしまう。
距離的には一歩分、顔の位置はほぼ至近距離に一人の女性の顔があったからだ。
「どうも、裕也くん」
彼女は裕也の驚いた表情の意味を分かっていて答えているのか、それとも気にしていないのか、フレンドリーな口調で挨拶を行う。
その挨拶がきっかけとなり、
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」
裕也は絶叫を上げながら、持ち前の運動神経を利用して、距離を取るために跳ぶ。そして、着地すると同時に全神経を彼女へと向け、警戒の意思をみせるために身構えた。
「おおー! 良い運動神経してますね。同時にその警戒。さすがです」
裕也の警戒行動をなぜか褒め出す女性。
その言葉の意味が分からず、裕也は警戒した自分がバカらしく思えてしまうも、警戒を解くことはなかった。
それは女性がどうやってこの場に現れたのか、それが分からかなかったからだ。
屋上に上がるドアは古びているため、開ける時にどうしても独特の金属音が鳴ってしまう仕様になっている。だからこそ、その独特の金属音を鳴らすことなく、屋上に出て来れるわけがなかった。
もし、罪悪感に苛まれていたとしても、こんな至近距離まで距離を詰められる前に絶対に気付くはずなのだ。
しかし、こうやって無言で警戒しているわけにもいかないことを分かっている裕也は、彼女に嫌々話しかける。
「き、君は?」
「ユナと申します」
「ゆな?」
「はい」
ここまで聞いて、裕也の頭の中に浮かんだのは『転校生』という三文字だった。
裕也自身、いくら記憶力が良かったとしても全学年の女性を知っているわけではない。知っているわけではなかったが、この学校の生徒特有の雰囲気ではなかったからだ。
そのことを踏まえて、裕也は改めて彼女を観察し始める。
大きなリボンを付けた長い白い髪に、血の涙でも流してしまったかのような赤い目。そして、当たり前のように裕也が通う学校の制服。性格までは分からないまでも、見た目は美人の部類に入り、この学校でも上位に入るほどの容姿をしている。
そんな彼女を裕也が知らないはずがないからだ。
――転校生で、いいんだよな……?
『屋上にどうやって入って来たのか?』という謎は解けないままだったが、裕也は警戒を解く。
転校生であるにしろ、ないにしろ、こうやって警戒の態度を取ったままでは失礼だと思ったからだ。それに加えて、彼女からは敵意を感じるどころか、仲良くなろうとする意思が見えたからだった。