紀行・舞鶴/恋する肉じゃが
海自OBが運営する遊覧船「あさなぎ」の旅もいよいよ終わりだ。
「隊員がいったん海にでると、親の死に目だろうと女房の出産だろうと、立ち会えなくて、陸自・空自に比較して離婚率がめっちゃ高いです」
――ならなぜ入隊したのか。貴男はどうなのか。
疑問がわいたがそこまできくのは気が引けたのでやめておいた。
舞鶴市がウリにしているのは明治時代、百年以上前の旧海軍関係遺跡群で、なかでも、赤煉瓦倉庫群の整備には余念がない。旧海軍は英国海軍をモデルとしているためか、市内の煉瓦建築もヴィクトリア朝時代に近いあたりの建築様式をしている感じだ。付近にはマリンクルーズ用の船舶がいくらか泊まっている。……下の写真のように、湾内からみると、なんだか、英国湖水地方にも似た風景にみえる。
さていよいよ遊覧船クルーズも終わりだ。
倉庫群から少し離れたところに飛び地のようになっている、旧海軍時代の煉瓦倉庫があり、赤煉瓦博物館になっている。そこに近い岸壁に、われらが「あさなぎ号」は接岸した。
お疲れ様でした。
整備された倉庫群内部では食事やスイーツを楽しめる場所がある。
有名な話で、司馬遼太郎原作でNHKがドラマ化した『坂の上の雲』に登場するロシア・バルチック艦隊を撃破することになる東郷平八郎元帥は、英国留学中にビーフシチュウが好物になって、日本帰国後に料理長になんとかつくれないかと相談した。しかし当時の日本では、じゃがいも・にんじん・牛肉まではなんとかなったのだが、赤ワインやバターといった食材がどうしても手に入らない。代わりに醤油・砂糖・日本酒で、からすみの要領で味付けした。……そして、肉じゃがができあがる。
肉じゃがに対する普遍的な男の妄想。
アパートに住んでいると、隣部屋の女子学生が、
「肉じゃがをつくったんですが余ったのでよろしければ食べていただけません?」
――と玄関ドアを開くと、お鍋を持って小首をかしげ立っている。そして恋物語が始まるのだ。
そんなことはどうでもいい!
東郷平八郎が総司令官をやっていた旧海軍基地が、二年間在籍した舞鶴とその前に在籍した呉だ。二つの町は、肉じゃがの起源論についていまだに争っているのだそうだ。まあ、どこぞの国のいいがかりとは違って茶目っ気のあるものだが。
市政博物館という旧海軍兵器廠跡にあるカフェレストランで肉じゃが丼なるものを食べてみる。
ジャズが流れていた。
不味くはないが、率直にいって、すきやの牛丼のほうが美味い。しかしまあ、発祥の地の味というものは案外どこも素朴なものだ。……東郷元帥もそうしていたのだろうか。食後に珈琲を飲んだ。けっこうイケた。
ノート2015.04.09/取材2015.04.05
舞鶴赤煉瓦倉庫群遠望




