随筆/おい、吉田。かつ丼食べるか? ノート20141007
おい、吉田。かつ丼食べるか?
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昔の刑事ドラマをみていると、こんなシーンがけっこうあった。
「おまえがやったんだろ!」
「刑事さん、俺、やってなんかいない。信じて下さいよお」
――信じられないから事情聴取やってんだろ。
とテレビの前の私は心の中でツッコミを入れる。
しかし孤独な状態で複数の強面警官に囲まれた上、密室に閉じ込められた容疑者は心細くなってゆく。アリバイも証明できないし、どうしたって分が悪い。
訊問する刑事が声を荒げる。
「ネタは上がってんだ。あのとき、おまえは駅にいた。目撃者だってちゃんといるんだ!」
警官が、容疑者の顔に強烈なライトを当てる。
顔を机にバンバンぶつける。
ひいぃぃ。
目の周り、口の周りに痣。頬のあたりが青膨れしている。
トレンチコートの中年刑事が、急に猫なで声でいい、机越しに容疑者の男の肩に手をやる。
「おまえ、田舎にお袋さんいたよな。泣いてだぜ。吉田、おまえよ、いま吐いちまえば罪は軽いぜ。早くムショからでて、安心させてやれよ」
「うううっ、……刑事さん、俺、やりましたあ。殺す気はなかったんですう。カッとなってつい」
――殺す気がなかったらやるなよ。かっとなって殺されてちゃたまんないよ。それに、容疑者に吉田って気のせいか多いような気がするぞ。
とツッコミを入れる私。
手錠をかけられた両手が、机の上に置かれ、そこに涙が落ちる。
「そうか。おい、吉田。かつ丼食うか?」
廊下に控えていたかのように、夜中だというのに、かつ丼屋の親爺が扉を開けて、
「へい、毎度!」
といって、取調室のドアをノックもせずに開けて小走りしてきて、机の上に出前箱を置き、丼を置く。
むさぼるように容疑者は箸で口に掻きこみ、幸せの極致、といった表情を浮かべて画面はフェィドアウトするのだ。
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さて、先日の村祭りで出会った元警察官の氏子さんにインタビューした続きのお話。
「あの、『おい、かつ丼食べるか?』って本当にあるんですか?」
「ああ、ありましたよ、昔は」
「いまはないのですね?」
「利益誘導の罪になるんで現在は禁止です」
考えてみると、ライトで容疑者の目をあぶったり、髪の毛をひっつかんで机に顔面強打するのも拷問だから、現在はやらないのだろう。
淡々と物証や証言を集め、同じことを容疑者にいわせて、食い違ったらそこにツッコミをいれる。……という手法で追い詰めるのだろうなあ。今度お会いしたら、そのあたりをまたきいてみようと考える私であった。
END