チャーチル・ノート/027 そして…
チャーチルは自著の『第二次世界大戦』の末尾あたりで、さりげなく、「そして……。つつがなく赤ん坊が生まれた」と記した。赤ん坊とは原子爆弾のことである。そこで、米国はなにゆえに日本に落としたかを記した。日本人は大戦末期の沖縄戦において、最後の最後まで戦い、将官は切腹し、兵士・民間人は手榴弾で自決した。これでは日本本土に上陸するときに、いかほどの犠牲がでるか判らない。――ゆえに、原子爆弾が投下される仕儀となったわけだ。
チャーチルは戦後体制について、ドイツや日本の残存兵力を生かして、共産圏の膨張に備えるべきだと主張したが、大戦末期に没したルーズベルトの跡を継いだトルーマン大統領は、前大統領の意志を継いで、世界をソ連と二分する腹を決めていた。これにより東欧や中国が共産圏となり、世界は二分され、長く争うようになった。――そのあたりもチャーチルは見透かしていた。
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引用参考文献/
●W・チャーチル『わが半生』中村祐吉訳 中央公論社2014年
●W・チャーチル『第二次世界大戦』全4巻 佐藤亮一訳 河出書房1983‐1984年
●ジョンソン,ポール『チャーチル―不屈のリーダーシップ』山岡 洋一・高遠 裕子訳日経BP社2013年




