チャーチル・ノート/016 第二次世界大戦
「人生には私の指定席があらかじめ用意されていたのではなかったか。いつもそんな気がしている」
初代ビーバーブルック男爵マックス・エイトケンの言葉だ。
長らく干されていたチャーチルが海軍大臣政権に復帰すると、英国はドイツに対抗して、航空機の量産を開始した。チェンバレン内閣が崩壊し、チャーチル内閣が発足すると、この人は、航空機生産大臣に任命され、バトル・オブ・ブリテンを準備することになる。
欧州諸国を席巻するドイツ電撃作戦とは、第一段階として、圧倒的な航空機によって敵国空軍を壊滅させて制空権を奪い、敵国の軍事基地、軍需工場といった主要施設を徹底的に破壊・無力化する。しかるのちに第二段階として、戦車などの機動部隊によって敵陸上兵力を一掃し、各基地・主要都市を一気に制圧する戦術のことをいう。
チャーチルが干されていた一九三〇年代は大恐慌のあおりで国防予算が削られていたのだが、空軍の研究開発だけは出し惜しみしなかった。「本土防空計画」というものがつくられ、四十六個戦闘機飛行隊が、チャーチルが海軍大臣に返り咲く一九三九年までに整備された。
毎週日曜日午後九時になると、BBCラジオは、チャーチルの命令で、ニュースの前に連合国国家を流した。ナチスによって滅ぼされた連合国六か国の国歌だ。さらにそこにフランスの国家が加わったのを、亡命してきたドゴール准将は、憮然として聴いていた。
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一九四〇年、ダウニング街十番地、首相公邸。
フランス亡命政府で、レジスタンスを指揮していたド・ゴールが、そこを訪ねてくると、六十五歳になった首相が、秘書団にハッパをかけていた。
チャーチルは口頭命令を嫌い、必ず文書化する。ゆえに秘書団が構成され、言葉は口述筆記されてゆく。
出迎えた首相の格好ときたら、灯台守のようなつなぎの作業服だ。
「閣下、その格好は?」
「一日十六時間労働をやるのに便利だからだ。作業服はパジャマを嫌うチャーチルの寝間着代わりにもなった」
「スタッフも十六時間労働を?」
「元首相のロイド・ジョージもそのくらい汗を流している。いまこの国でブリッジをやって遊んでいる政治家といったら引退したアスキス元首相くらいだ」
ドゴールは首相の横に閣僚の一人がいたのが気になっていると、いつものように太い葉巻を勧めてきたチャーチルが、その紳士を紹介した。
「紹介しよう、ド・ゴール閣下。航空機生産大臣マックス・エイトケンだ。……いまの国王陛下の就任に関していろいろあってね、私の首相就任はお喜びにはならなかった。そういうわけだから、このマックス大臣を航空機生産大臣に指名してきたときは、あからさまに失望しているようにみせたよ。しかし陛下は、すぐに誤りであることに気づかされた。大臣のおかげで、いまや私は、陛下から食事に招かれるようになった」
つなぎ服を着たチャーチルが続けた。
英国は、ドイツ電撃作戦になすすべもなく壊滅させられてゆく、連合国七か国の防衛につきあって、航空機とパイロットを大きく消耗し、不足する深刻な事態に陥っていた。
「わが国の戦闘機部隊の実態は、旧式機や軽爆撃を転用したものが多く、早急に戦闘機を回復する必要があった。マックス大臣は、軍需工廠の倉庫に眠っていた修理用の部品を引っ張り出してきて、民間企業の工場に回し、新造機増産に貢献した。前線で破損した航空機の修理に関する契約もとりつけた。国内ばかりじゃない。アメリカ企業にもエンジンのライセンス生産の受注を取りつけている。……そろそろだ。〈ボシュ〉どもの航空機数と逆転することになるだろう」
ボシュとはフランス語でのドイツ人蔑称だ。チャーチルのフランス語は上手くないが意味は通じる。ド・ゴールはおもわず笑みをこぼした。
チャーチル内閣が発足する前から、英国航空省は、科学顧問リンデマン教授のもと、ロバート・ワトソンによってレーダーが開発。英国本土にレーダー網を整備していた。
チャーチルがほくそ笑む。
「発信塔から常に長波をだし、敵機がくれば、跳ね返ってきて司令部のブラウン管モニターに、点となって映し出される」
「すばらしい。効率のよい迎撃体制だ!」
バトル・オブ・ブリテン前夜。
実のところをいうと英国側は、航空機において、質・量ともにドイツ側を圧倒していたのである。そこで最大の問題となったのは、大戦の初期に連合国で多くのパイロットが戦死してしまったため、この不足をどう補うかだった。
大英帝国に属する各自治国・植民地である、ニュージーランド、カナダ、オーストラリア、南アフリカ、アイルランドを主体とした友軍兵士たち。
ドイツに滅ぼされた連合国七か国から亡命してきたポーランド、チェコスロバキア、ベルギー、フランスの軍人たち。アメリカ義勇兵パイロットたち大勢が加わって、英国が誇る最新鋭戦闘機スピットファイアーに乗った。
そしていよいよ、ドイツ戦闘機及び戦闘爆撃機メッサーシュミット Bf109がイングランド島上空に迫ってきた。
一九四〇年七月八日、バトル・オブ・ブリテンを前に、チャーチル首相が、マックス航空機生産大臣に宛てた手紙。
「欧州大陸には敵を打ち破ることが可能な友軍陸上部隊がもはや存在しない。海上封鎖も突破されている。ゆえにヒトラーはアジア・アフリカから難なく物資を手に入れることだろう。奴らが英国に上陸する意志がないか、あるいは撃破されれば、必然的に奴らの陸上兵力は東にむかうだろう。……しかしわれわれが、それを阻止することは不可能だ。なら、どうすれば戦争に勝利できるか? 唯一の策は、制空権を奪い、重爆撃機でナチス本国を完膚なきまでに焼きつくすことだ!」




